第171話 凛の無邪気さが痛いな


「アリアさん、闘技場をお借りしますね。 アリアさんはもうお帰りくださってもいいですよ」

ウベールの言葉にアリアもついてくるという。

「いえ、私も見させていただきます。 ギルドマスターのときには見てませんでしたから」

アリアが微笑みながら答える。

そんなに期待されても困るけど。

俺たちは闘技場に入って行った。


俺とウベールが向かい合って立つ。

「テツさん、どんな武器を使われますか?」

俺は笑ってしまった。

「これは失礼しました。 ミランさんも同じように聞いてきたものですから、すみません」

「いえ、問題なく。 私は剣を使わせてもらいます」

ウベールはそう言うと、木剣を手に取っていた。

俺も飛燕を横に置き、木剣を手に取った。

「私も剣を使わせてもらいますね」

そう言ってウベールと向かい合う。

なるほど・・ウベールは強いな。


注意して見てみる。

レベル32。

凄いな。

そう思ったところだった。

ウベールが一気に迫って来る。

速い踏み込みだが、はっきり見える。

ウベールの剣が上から振り下ろされてくる。

俺は軽く受けて流しつつ、そのままウベールに切り返した。

ウベールの左肩をかすめたようだ。

「グッ!」

ウベールが木剣を落とす。

だが、そのままウベールは突っ込んできた。

俺につかみかかろうとする。

俺も木剣を捨て、ウベールの右側にかわしつつ右回し蹴りを出した。


これはおとりだ!

予想通りウベールは俺の蹴りを両手で受けた。

その固まったところへ俺は左の手で掌打を放つ!

ドン!

ウベールの右肘あたりにきれいに決まって、そのまま吹き飛んだ。


すまないな、ウベール・・レベル差だよ。

俺は心の中でつぶやいた。

ウベールは吹き飛んだまま動かない。

ん?

まさか・・それほど全力で打ち込んでいないはずなんだが。


フレイアが駆け寄って行き、回復魔法をかけてくれていた。

アリアが近寄って来る。

「テツ様・・凄いの一言です。 ギルドマスターが言われるのもわかりましたぁ」

「・・・」

俺には言葉がない。

ウベールが弱いんじゃない。

チートだ、チート!

優ではないが、俺がそれほど努力もせずにレベルを底上げできたからだ。

すまない、ウベール。

俺の方が恐縮する。


ウベールはどうやら回復したらしく、立ち上がってこちらに歩いてきた。

「テツさん・・完敗です。 試すようなことをして申し訳ありませんでした」

ウベールは深々と頭を下げる。

「い、いえ、どういたしまして・・」

それほど頭を下げるなウベール。

俺が恥ずかしい。

「ですが、テツさん・・まだまだ本気ではありませんね」

ウベールが微笑みながら言う。

気づいていたのか、ウベール。


「え? あれで本気じゃないのですか?」

アリアが驚いている。

「いや、あんなものですよ」

俺がそう答えると、ウベールは笑いながら首を振っていた。

「私もまだまだ修行が足りませんね。 ダンジョンもできたことですし、もっともっとレベルを上げたいと思います。 今日はありがとうございました」

ウベールが深々と頭を下げる。

いやいやウベール、やめてくれ・・心が痛くなるよ。

チートだから俺。

そんな言葉が俺の頭で連呼する。

みんなで闘技場を出た。


「フレイア、ありがとう」

俺はフレイアに礼を言った。

ウベールは非礼をび、これでアリアも仕事が終わり、みんなで帰路についた。

ギルドを出て俺も家に向かう。

時間は20時を過ぎていただろう。


ばあちゃんの家の明かりはもう消えていた。

さすがに寝るのは早いな。

俺は嫁の家の方に立ち寄る。

ドアをノックすると、しばらくしてドアが開いた。

「あ、おやじさん!」

優が出迎えてくれた。

「おやじさん、ご飯はもうないよ」

「あ、そう・・それはいいが、俺、明日に王宮へ行ってから冒険者というか、日本を回ってこようと思っているんだ」

優と話していると、奥から凛の声が聞こえた。

「パパお帰り~」

トコトコとスラちゃんを抱いて歩いてくる。

嫁も一緒に歩いてきた。


優に言ったのと同じことを繰り返し、しばらく帰らないかもしれないので、よろしくとも伝えた。

「あ、そう。 気を付けてね」

気を付けてね?

俺に言ったのか?

あの嫁が?

今日一番の驚きだ!


あれ?

何か違うな、雰囲気が。

ここ、帝都に引っ越して来て明らかに変わったよな。

とはいえ、あれほどの俺に対する無礼な振る舞いが消えたわけではない。

しかし、男というのはアホなのか、ほんのちょっとしたことで過去のイメージが変わってしまう。

いや、ダメだ、ダメダメ。

俺が弱っているときに、平気で矢を放ってくる嫁だ。

こんな世界になったからって許せるものじゃない。

俺は軽く頭を振って余計な考えを排除した。


「俺の家も自由に使ってくれていいから・・」

俺はそういうと、嫁の家を後にする。

凛が「パパおやすみ~」と言って手を振ってくれる。

凛の無邪気さが心に染みるな。


しかし、何だろう・・もう今までのしきたりやルール、モラルはない。

だが、人が身につけてきたことが、それほど激変するとも思えない。

あの嫁の雰囲気・・自分でやっていけるという自信の表れか?

それなら今までもあっただろう。

お互いになくてはならない存在ではない。

そういった慈しみというか、相手を気遣う気持ちはないはずだ。

俺は少なくとも、相手を尊重リスペクトして行動していたと思う。

だが、俺の稼ぎが少なくなると、まるで悪鬼のように俺にチクチク攻撃をしかけてくる。

意識してかどうかわからないが、かなりのストレスになっていたのは間違いない。

う~ん・・考えてもわからないし、面倒だな。

そのうち、何かわかるようになるだろう。

そんなことを考えながらゆっくりと歩いて俺の家に向かった。

フレイアが静かに俺に寄り添って歩いてくれている。

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