第148話 九条五六対谷川勝彦

「どうだ? うちの九条は、あの谷川に勝てるようにはなったか?」


「負けてもよかったのでは?」


「まぁ、それは冗談ですよ。やるからには勝ちたいじゃないですか? 人間ですから」


「相手は一流のアスリートですよ? 勝てるとは言えません」


「ほう?」


「しかし、戦えれる程度には仕込んだつもりですよ」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「落ち着け、落ち着け」と五六は自分に言い聞かせる。


 焦ってはならない。 3か月間、練習してきた内容は体に染み込んでいる。


 「冷静に、冷静に、相手を華麗にやっつける必要はない」


 ブツブツと呟き、対戦相手である谷川を見ようとしない。


 すでに試合は始まっているにも関わらず、それを見た谷川の感想は――――


(へっ、素人丸出しじゃねぇか! ……ちょうどいい)


 柔道家 谷川勝彦。 その攻めは組みから始まる事はなかった。


 打撃。 それが、そこそこ型になっている。


 確かめるようにジャブ。守りを固める五六のガードの上を叩く。


 そして、渾身のストレート。 120キロの五六の体が揺れる。


 だが、次の瞬間――――倒れていたの勝彦だった。


 (なにが、何が起きた? 俺は殴られたのか?)


 見上げれば、五六は止まっている。 追い打ちは来ない。


(寝技はこない。あくまで打撃勝負か?)


 柔道家の谷川に寝技勝負を徹底的に拒否してくるのだろう。


 「上等だ! この野郎!」


 谷川は、立ち上がると激しい打撃を繰り出してくる。


 総合格闘技。 打撃を覚えた柔道家はこうなりがちだ。


 柔道家、観客が見たいのは華麗な投げである。


 しかし、当事者は初めて覚えた打撃に固執する。 あまつさえ、こう言うのだ。


「皆さんには打撃でどこまでやるのかお見せしますよ」


 もう一度、言おう。観客は柔道家の打撃に興味はない。


 谷川もその思考に陥り、打撃を放つ。 


 集中した打撃。 徹底した基本練習。 


 しかし、リズムの乗り、手数が増えていけばいくほどに――――


 雑味が増していく。 


 だから、そのタイミング。 強い打撃を叩き込んだ一瞬、谷川の動きが止まる。


 所謂、打ち終わりの瞬間。 この瞬間に狙いを定めると、必ずと言っていいほどに――――


 強打は当たる。


 本日2度目のダウン。 もちろん倒れたのは谷川勝彦。


「やったな」とリング下に陣取る高頭。 


 関係者として、セコンドは2名認められている。


 もう1人でセコンドである佐々江 零は頷く。


「ここまでは作戦がハマりました。 しかし、問題はここからです。おそらく――――」


「谷川は打撃ではなく柔道に徹底してくるか?」


「はい、おそらくは――――」


 そして、試合が動く。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る