第144話 遠芝弥生と戸塚師騎②

 再び師騎の前蹴り。 今度は、体が浮き上がるほどに強い衝撃を弥生は受けていた。


 やはり、強打を受けてバランスを崩す弥生。 それに対して師騎の追撃の選択は―――


 ハイキック一閃。


 必ず当たる。そう確信して放たれた蹴りだった。


 必ず倒れる。そう確信して放たれた蹴りだった。


 しかし、結果―――― 空振り。 師騎のハイキックは宙を切る。


 弥生は体勢を低くして、ハイキックをやり過ごした。


 バランスが崩れた状態から、さらに強引に低くなった弥生の体勢。


 まるでヨガの達人が取る奇妙なポーズ。


 セレブが行うヨガのイメージよりも前の――――怪しげな老人が行うような奇妙なポーズのように見えた。


 その状態で弥生は腕を伸ばす。


 ハイキックは放った直後。 片足のままである師騎の体勢。


 残った片足を掴んだ弥生は、そのまま倒れ込むように師騎の足に絡みついて行った。


 倒れればヒールホールド。膝に強い負荷を受ける関節技を受けで、自ら負けを認めなければならない状態に追い込まれる。


 それも一瞬で……だ。


 だから――――師騎は倒れない。


 そのままゆっくり、バランスを崩さないように慎重な動きで、弥生の腹部に膝を乗っける。


 少し前の総合格闘技――――より過激なVT(バーリトゥード)と言われていた時代ならばニーオンザベリーと言われる体勢ポジショニングに近い。


 有利な体勢なのは師騎に間違いない。 しかし、それでも弥生は師騎の足を離さない。


 師騎が僅かでも油断をすれば、一気に足を伸ばして関節を極まるだろう。


 だから、コツコツコツ……と小さな動きで師騎はパンチを放つ。


 大きく力を込めないパンチ。


 大振りならば、関節を極められる状態。だから弥生の体力を削るように小さく、細かく、丁寧にパンチを放つ。


 まるで実現するHPゲージを削って0にするような感覚。


 弥生に体重を乗せて、体力を、スタミナを削るように殴る。


 だが、そのまま削り負けるほど、弥生の精神力は弱くはなく――――むしろ狂暴だった。


 下から弥生が動く。 地面を滑るように――――


 前のめりになった師騎は、自分の下にいるはずの弥生の姿を見失う。


「馬鹿な」と呟くほどの動揺。 その直後に背中に圧を受けた。


 背後に回った弥生が師騎の背中を抱きしめた。


 胴締めスリーパー


 弥生の両足は師騎の胴に巻き付かれ、弥生の両腕は師騎の首に巻き付かれていく。


「極まる」と思わず口にした零。 しかし、隣にいた高頭は――――


「師騎! 諦めんじゃねぇぞ! ケツを跳ね上げて前に落とせ!」


 突如として高頭はセコンドのように声を張り上げた。


「弥生も日和るんじゃねぇぞ! 落としちまってもいい! やれ!」


 どちらか片方を勝たせようとする指示ではない。 「どちらも勝て」と言わんばかりの声。


 背後にいる弥生に対して師騎の肘が入る。


 弥生の絞めが緩む。 師騎の腕。 もうこれ以上、深くは絞めが――――


 弥生は絞めに拘らない。すぐさま体勢を――――


 腕を狙い。 だが、させない。


 攻防。 攻守の入れ替わりは目まぐるしい。


 いつまでも見ていたい。 荒々しく、洗礼されている攻防とは言い難いはずだが――――名残惜しい。


 さっきまで1分だったはずの時計は3分を示し――――スパー終了の音が鳴り響いた。


 

 


 


 

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