第138話 戸塚師騎という男②
「おっと……空手出身かい? 知ってるか? オイラは先生なんだぜ?」
「知ってるさ。だから空手を試してるんだ」
「へぇ……本当に試してるだけなら大したもんだ」
両者は足を止めて打ち合っている。
被弾はない。 互いにフェイントを織り交ぜ、本命の一撃を放つ準備を重ねている。
そして、最初に本命を叩き込んだのは――――岡山館長だった。
その技は空手技ではない。 だから戸塚も、掌底? と勘違いした。
強いて言うならば、相撲の打撃。 喉輪という技だ。
親指と人差し指で半輪を作り、残りの3本指を人差し指に揃え――――相手の喉に叩い込む。
喉という呼吸器官。 ダメージを与えれば痛みはもちろん苦しみが襲い掛かり、次の行動――――相手の次弾を避け、受けできない。
戸塚の顔は苦痛に歪む。
「ここだ!」とそれを逃がす岡山館長ではない。
動きを止めた戸塚へ拳を走られた。しかし――――
拳が当たるよりも早く戸塚の体が半回転する。 まるでバックハンドブローのように腕を振り回しての反撃。
来ると思っていなかった反撃に、体がぐらつき……それでも追撃を受けまいと後ろに下がった岡山館長。
「思ったよりもキッチリ鍛えてやがるな。喉までもな」
「――――鍛えているさ。最低限、戦える程度にはね」
「ふ~ん、戦える程度ってどれくらいかな? おじさんに教えてもほしいな」
「ふっ……その言い方は変態みたいだぜ?」
「変態じゃねぇか。俺もお前も、大人になってまで殴り合いで路上の交流を楽しんでいる」
「どうだろね。俺は交流を楽しん――――」
戸塚は最後まで言えなかった。 岡山館長が言葉の途中で動いたからだ。
蹴る。 地面と蹴った。
ここは酒場の裏。 地面は地均ししただけの駐車場。
地面と蹴ると砂と小石が飛び散る。 目潰し目的の攻撃。
これで相手の隙をつき、前に――――しかし、同時に戸塚も動いていた。
互いに前に出る。 だが予想よりも戸塚の踏み込みが鋭く速い。
一瞬でパンチやキックと言った間合いよりも近く、肘や膝も――――
「おめぇ……打撃屋じゃないのか?」
「俺が一言でも、そう言ったか」
戸塚は、岡山館長に組み付いた。
そこから感じられる握力。それは組み技を本職とした者の圧力。
そう感じた次の瞬間に岡山館長の視点はクルリと回る。
鮮やかな投げ。 一本背負い――――柔道はもちろん、相撲やレスリングでも使われる投げ技の代表。
それを、戸塚は岡山館長の頭から地面に――――
「あぶねぇ坊やだぜ。殺すつもりかい?」
地面に叩きつけらるよりも早く、岡山館長は戸塚の顔を引っ掻いた。
それも目の付近。 だから、地面に叩きつける直前に戸塚の力が緩み――――さらに空中で岡山館長の打撃を受けて、不完全な投げとなった。
「アンタも、やろうと思ったら目を潰せたはずだが?」
「怖い事を言うのはよせやぁ、喧嘩は楽しもうぜ?」
「あいにくだが、楽しめないぜ? 今日からアンタは喧嘩を……な?」
「へっ、言うじゃないか。そんじゃ――――そろそろ本気をさせさせてもらうぜ」
「最初から本気だった癖に」
「言うなよ。恥ずかしいじゃねぇか――――そらよ!」と岡山館長は大きく踏み込んだ。
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