第136話零の移籍

「高頭……高頭剣慈、強かった」


 目前には、動きを止めた高頭が横たわっている。


 零は自身の体を見る。 衣服はボロボロだ。 


 熱が残っている。殴られた箇所、投げられた箇所、関節技を狙われた箇所…… 


「――――熱い」


 今も高頭から目を離したら立ち上がってきそうな恐怖がある。しかし――――


「なぜ……ここまで短時間で強く」


 零の知る高頭という男。 郡司飛鳥の撮影スタッフとしか認識していなかった。


 暴力に身を置く人間。 そういう雰囲気はある男だったが……


「間違っても苦戦する相手ではなかった。それが1年やそこらで?」


 不気味さ。 


 零とて、武は仕事。1年間鍛錬を怠けずしていた。


 その1年よりも激しい鍛錬を、狂気じみた鍛錬を行っていたとしても……


「なにが、見える」と零は呟いた。


 揺れるモヤのような物。 白い何かが高頭から立ち上っている。 


 あり得る。闘争に置いて、体に高熱が宿る事は。


 熱が、熱い汗が、外気によって白い水蒸気が立ち上がる事はあり得る。


 しかし、それが――――


「――――郡司飛鳥」


 その亡霊に見えた。


「どうした? 飛鳥のオバケでも出てきやがったか?」


 不意に声……高頭の物ではなかった。


 その人物は――――


「館長」と零は呟いた。


 岡山 達也が地面に座り込み、日本酒を瓶のまま飲んでいた。 


「いつからおいでに?」


「なに、高頭から連絡があってな。 お前との戦いを見届けるってな」


「館長に、わざわざ見せつけるために? なんの目的で」


「仁義だろうよ。 お前を引き抜くための理由を見せるためが目的だろうよ」


「私は、移籍するは言っていませんよ」


「わかっているさ。それでどうだった? コイツは?」


 岡山は倒れたままの高頭を指さす。 今も、飛鳥の亡霊が見えるような気がする。


「うむ、何が見えてる? スピリチュアル的なやつだろ?」


 ふざけたように岡山は言うが……


「いいえ。シミュラクラ現象やパレイドリア……人に見える錯覚です」


 もう一度見えれば飛鳥の幻影は消えていた。


「かぁーつまらねぇの。まぁいいさ。お前――――行けよ」


「はい?」


「お前、笑っているぜ? 楽しかったんだろ?」


「はい」と零は頷いだ。


「いいぜ? 条件はある」


「それはなんですか?」


「いずれ帰ってこい。その時は、今以上に強くなれ」


「押忍」と零は自然に腕を振るって肯定していた。


 すると――――


「OK……契約成立だな」と高頭が立ち上がる。


「……失神しているフリをしていたのですか?」


「いいや? 今、回復した」


「……そう言う事にしておきましょう」


「岡山館長。門下生を1人、お預かりいたします」


「うむ」と頷く岡山。


「では、俺たちのチームをお見せします」


離れた場所。 気配が察知されない距離を取っていた人間が動き出した。

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