第116話 郡司飛鳥対花聡明

 「軽く体を動かさなくてもいいのか?」


 控室。飛鳥は付き人でもチンピラ風の男に促され、立ち上がりシャドーを始める。


 やはり、連戦の疲労のためか、体にキレと言うものがない。


 それは素人であるチンピラ風の男でもわかり、


 (止めた方がいいのか?)


 そう考えたが、それよりも早く飛鳥が動きを止めた。


 汗が尋常でない。 


「こ、これ」と渡されたタオル。 それを飛鳥は受け取る事はできず床に落とした。


よく見れば、その手は震えている。


「……それ」


「ん? あぁ、武者震い……なんて言えたら良いんだけど。随分と前から自分の意思で震えが止められなくなっているんだ。それに……目もね」


「見えていないのか!」


「あぁ、でも大丈夫。過剰な疲労で目が見えなくなるって話だから……一時的なものだよ。まるで見えていないわけじゃない」


「お前!? どうして?」


「行かなきゃ……俺を待っている奴がいる」


「どうして、そこまで……やる? 死ぬかもしれねぇだろ?」


「……」と飛鳥は答えない。 ただ――――


「勝ってくるよ」とだけ。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「待たせたな」と飛鳥。


「いや、それはこっちの方だ」と聡明。


「?」


「俺がもう少し強かったら、こんなトーナメントよりも早くリマッチを申し込んでいた」


「あぁ、もう俺に勝てる自信ができたから来たのか」


「そうだ。俺は、お前に勝てる」


「そうか……楽しみだな」


「――――」


「――――」


どちらともなく会話が途切れる。 互いに構えを取り――――戦いは始める。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 目が覚めるような打撃音。 聡明のローが飛鳥の腿を鳴らした。


 常人なら、その一撃で倒れ込む威力。 だが、それを苦にせず飛鳥は前に出る。


 いきなりの右ストレート。 無論当たらない。


 しかし、本命は左。  至近距離のフック。


 これも躱す聡明。 両者、示し合わせたように距離を取り、攻撃を止める。


 互いに実力を確かめるような攻防。 


 割れんばかりの観客からの拍手。だが、両者はそれが聞こえないかのように再び打撃の間合いに入り行く。


 先制したのは聡明。 右ジャブ、左ストレートから右のハイへ繋ぐコンビネーション。


 それがとんでもなく速い。 辛うじてガードが間に合う飛鳥だったが反撃の余裕はない。


 さらに聡明の速度が上がる。  


 

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