第111話 花聡明対犬養恵梨香④
体に、いや脳にダメージを負っている。
犬養の剛腕。 普段なら避けれる。 だが、どうしても反応が遅れる。
次に受けたら……たぶん死ぬ。 死なないためにはどうするか?
死中に活を求める。 その領域で花 聡明ならば、どう動くのか?
ステップイン。
犬養の元へ、前へ、自身に向かい襲い掛かっていく剛腕に身を晒して前へ。
その腕を紙一重で避けると、その位置は犬養の斜め横。 強烈な張り手を繰り出すために踏み込んだ犬養の足にローを打ち込む。
いや、その技はローではない。相撲の蹴手繰りだ。
蹴られた足は後方へ滑るように飛び、自然と犬養の体勢は片足立ちへになる。
それも前進しようとしたタイミングだ。 まるで空中にある透明な何かを浮かんで倒れるのを阻止しようとする犬養の動きではあったが……
どう鍛えても物理法則に勝てない。
前のめりに倒れる。
その姿に人々は連想する。 偉大なる横綱が他競技に挑み、無様に倒れた姿を晒した、あの姿と非常に、そして非情なほどよく似ていた。
だから起きる。 失笑、嘲笑う声……
「てめぇ、よくも!」と初めて声を荒げた犬養。 しかし―――
「誰が立っていいって言った?」
四つん這いになり腕の力で体勢を起こそうとする犬養の腕を聡明は蹴った。
いや、蹴り払う。
巨体が再び、地面に伏せる。
「このっ!」
「だ か ら」
再び、蹴り払う。
……立てない。 どんなに早く起きようとしても、聡明の動きの方が遥かに早い。
3回、4回、5回……この頃になると観客たちもざわつく。
「もしかして、これ本当に、このまま立てないままで終わるんじゃ……」
犬養の巨体。立ち上がるだけでも体力の消費は激しい。
それを無限に思えるほど、繰り返される。 そのスタミナ消費は多い。
異常な汗。大きな玉のような汗が滝のように零れ落ちていく。
それは精神的な焦りも要因としてあるだろう。
「くっ……だったら、これで!」
犬養は立ち上がるの諦め、体を捻る。
腕を伸ばし、聡明の足を掴み取ろうとする。
「けど、遅いわ」
捕まえたと思った足は手からすり抜け、聡明の体は飛翔する。
無防備、かつ低い体勢になっている犬養の顔面に飛び膝蹴り。
真空飛び膝蹴りだ。
渾身の一撃。 通常ならダウン……失神は免れない。
しかし、犬養は動く。 その自身に叩きこまれた膝を抱え込むように捕獲。
そのまま、無理やり立ち上がろうと――――
「遅いって言ったのは、勝負が動き出すまでの流れを作れなかった事だ」
耳を打つ。 両耳を拳で……
犬養の動きが止まる。 拳圧。密閉された耳の穴を叩くと空気の流れだけで鼓膜は安易に破れる。
さらには耳の奥。三半規管へのダメージ。
体はバランスを崩す。 そして倒れる。
もう……おそらく……二度と立てない。 会場にいる全員が思った。
観客も、選手も、そして犬養自身も立てないと思った。
明らかな戦意喪失。
花 聡明対犬養恵梨香
勝者 花 聡明
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