第110話 花聡明対犬養恵梨香③

 場外乱闘。まるでプロレスだ。


 しかし、こういうイベントで最前列を陣取る客層は、そう言った事にも慣れているのかもしれない。


 騒ぎ立てず、席から立ち上がると椅子を引いて選手同士が戦うためのスペースを確保してから避難を開始した。


 それはともかく――――


 聡明は高速のコンビネーションを犬養に叩きこんでいた。


 キックボクシングの対角線コンビネーション。


 左のストレート、右のロー、右ストレート、左ロー。


 それをノーガードで受けた犬養は張り手を返す。 超が付くヘビー級の張り手。


 力士のツッパリは、徐行速度の軽トラックが突っ込んでくるのと同等の力があるらしい。


 徐行? 軽トラック? と思うかもしれないが、例え10キロ以下でも前進してくる軽トラを押し返せるようなパワーを有する人類が何人いる?


 「だが、遅い!」


 中量級の速度領域。 それは重量級と比べて、同じ人類とは思えないほど疾い。


 避けると次の瞬間には、コンビネーションが飛び出す。


 左ジャブ、右ストレート、左ハイ……


 技と技のつなぎ目、打ち終わりと狙い振るわれる犬養の剛腕。


 しかし、当たらない。 ミドル、ミドル、ミドル…… その剛腕ですらへし折ってやろうと言わんばかりの打撃音。


 本当に人が体を人にぶつけて奏でるミュージックなのだろうか?


 だが、それでもヘビー級の壁は分厚い。


 何度も避けてきた犬養の打撃。 しかし、無限に避けれるわけではない。


 ちょっとした変化、フェイント、変則的な打撃。 そのどれらでもない。


 聡明の高速のコンビネーションを甘んじて受けながら……それでもかまわないと、殴られながら、蹴られながら、剛腕を振るった。


 聡明が経験した衝撃は過去に例がないものだった。


 両腕でしっかりガードした次の瞬間には、後頭部が地面に激しく叩きつけられていた。


「が~~~ッ!?」と混乱。 


 一撃を受けてから、地面に叩きつけられたと気づくまで何が起きたのかわからない。  


 いや、待てよ。打撃で地面に叩きつけれた?


 それ、どうゆう現象だ? 強烈な打撃をアゴやテンプルに受けて、意識を混同してのダメージならよくある。 しかし……打撃のパワーに体が耐えきれず、頭が地面に向かって吹き飛ばされる?


 そんな経験は初めてだった。


 だから――――素早く聡明は立ち上がる。 まるでお前の打撃なんて効いちゃいない。 そんなアピールのように見えた。


 「いくぜ!」と犬養にだけ聞こえる音量で呟く。


 「この……」と犬養の剛腕が……

  

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