第105話 郡司飛鳥対卯月知良

 (なるほど、実際に戦ってみるとやりずらい)


 卯月と戦ってみての印象である。


 本来ならパンチが来るタイミングに――――来ない。


 それなら良い。 だが、今度は絶対にパンチが来ないと思うタイミングでパンチを放ってくる。


 いや、パンチだけではない。 奇妙なタイミングで打撃が飛んで来るのだ。


 飛鳥は、野球のチェンジアップを連想した。


 チェンジアップと言うのは投手が全力投球と同じモーションで遅い球を投げる技だ。


 タイミングがずらされるとプロの打者でも打てない。


 幼少期から競技人数の多い野球で勝ち抜いてきたはずのエリートアスリートですら手玉に取られるのだ。


 それに似ている。 遅い打撃と速い打撃を織り交ぜられる。


 無論、速い打撃は防御する。 しかし、遅い打撃に反応するあまり、次の速い打撃への反応が遅れる。


 だから、強打を浴びそうになる。


 (――――ッ!? どうする?)


 困惑。 しかし、今の段階では不利ではない。


 強打はきっちりとガードしている。 変則的リズムに飲まれているだけだ。


 「だったら!」と飛鳥は後ろに飛んだ。


 間合いが広がる。 短距離短時間で高速の打撃を撃ち合う間合いではない。


 「ふっ……」と呼吸を整えるために息を吐いたのは卯月だ。


 一方的に押しているように見えて、スタミナの浪費が激しく見える。


 考えてみれば、1回戦はあの業野秋貞と戦ってからの2回戦。


 格闘家の競技寿命は延びている傾向がある……とは言え、流石に卯月知良の年齢で現役は稀だ。 下手をすれば、普通の選手の2倍は競技生活を送っている。


 いや、それすら罠かもしれない。


 接近戦ならスタミナを削り勝てるかもしれない。 そう思わせて無尽蔵をスタミナを有しているかもしれない。


 50代60代の連中だってフルマラソンを走る事を目標に鍛えている連中なんて沢山いる。

 

 卯月の本当のスタミナが、そう言った連中よりも下だろうか?


 いや、ダメだ。考えすぎている。 可能性を考え続けたら、何もできなくなる。


 だから――――


 「トリッキーにはトリッキーで行かせてもらう」


 飛鳥は低く構える。 そして、リズミカルに左右に動く。


「……カポエラか? いや、それにしては」と卯月。


「うん、俺のオリジナルさ」


「へぇ」と目つきが危うい物に変化した。


次の瞬間、飛鳥は低い体勢のまま前に出る。


蹴り……低空の旋風脚とでも言えばいいのだろうか? 


卯月を足を上げガードをする。 しかし、飛鳥の蹴りはダメージが目的ではない。


続けて二撃目の蹴り。だが、狙いは足払い。


卯月がバランスを崩す。 飛鳥の体が低い状態から跳ね上がる。


両手の掌底が卯月の顎を打った。


     


   

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