第102話 佐々間零対新堂航②

 これはたとえ話だ。


 どんな格闘技でも良い。仮にボクシングにしよう。


 試合開始を告げるゴングがなった。


 選手同士は警戒をしながらも互いにパンチが届く位置に動くだろう。


 もしも、もしも事の時、左ジャブ1発でどんな相手でもKOできるボクサーがいたらどうなるだろうか?


 そんな選手がいたら簡単に世界王者になってるだって?


 そうかもしれない。けど、その影響力は、選手個人で終わるものではない。


 きっとボクシングという競技は変わってしまう。 


 そんな怪物みたい選手とでも試合が成立するようにルールが変わってしまうだろう。


 グローブに改良が加えられるか、左ジャブという行為に制限が加えられるか?


 とにかく、現状のボクシングというシステムは崩壊してしまうだろう。


 そんな極地だ。 佐々間零が行おうとしている行為は……


 刻み突き


 伝統空手で使用される高速の突き。


 五輪などでの空手競技では重要視されている技の1つ。


 だが、それに一撃必殺の威力を有することが可能だとしたら?


 超高速に一撃必殺の突き。 空手において神話の世界が到来する。


 だが――――


 佐々間零は、その領域に手を伸ばした。


 だから――――今! 


 跳ねた。 残影すら鮮やかに新堂航を突いた。


 果たして、その結果は! 倒れている? どちらが!


 ・・・


 ・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・


 いや、倒れているのは両者だ。 零と航の両者がもつれるように倒れている。


 何が起きた!


 (外された……いかに高速でもタイミングを読まれて……)


 よろよろと体を引きずるように零が立ち上がった。


 目前を見れば、既に航も立ち上がっていた。


 あの瞬間、顔面を狙った高速の一撃必殺。


 零が拳を打つよりも速く、航が避けたのだ。


 だが、避けれたのは拳のみ。 高速で飛び込んでくる零の肉体そのものは避けれなかった。


 まるで車の衝突。 ぶつかった航のダメージも大きく、ぶつかりに行った零のダメージも大きい。


 けど――――


 「もう一丁こい」と航は両手を広げた。


 その行為に零は「なぜ?」と困惑する。


 あの一撃…… 完璧と言うにはほど遠い一撃であったが、それでも同等のダメージがあるはず。


 (それでも……あえて受けるのか? なんのため?)


 「駄目だ」と零は頭を振るう。 集中力を高めないと、意識を保てなくなる。


 だが、頭を振るう一瞬だけ見えた。 今、確かに岡山館長が笑っているのが見えた。


 (嗚呼、貴方が手配したのですね……私のために、この新堂航という男を……)


 零は拳を上げる。上下に体を揺さぶり――――そして。

 

 

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