第81話 郡司飛鳥対岡山達也④

 ブラジリアン柔術。


 ルールが極端に少ない格闘技では、そのシステムの有効性が高い評価を受けた。


 組み付き、強烈な打撃を放つための体勢を殺す。


 そしてテイクダウン。


 強烈な打撃を打つために必要な動作を徹底的に殺す。


 下半身の踏み込みを殺す。


 腰の回転を殺す。


 肩の伸びを殺す。


 腕の伸びを殺す。


 打撃への大虐殺だ。


 その戦い方が国際的スタンダードになった。


 ボクシングを知らなくても総合格闘技では勝てる。


 レスリングの経験がなくとも総合格闘技では勝てる。


 だが、柔術を知らずに総合格闘技では勝てない。


 そう言われるようになった。 そして、それは今も変わらない。


 しかし、その戦い方が世界的に認知されて30年間、空手家は考えた。


 ―――否。考え続けた。


 およそ、打撃を打ち込むのにベストを許されない体勢からKOを狙われる打撃を――――


 岡山達也は考えた。


 打撃が打てないなら、打てる空間を作ればいい。


 必要なのはレスラーを凌駕するほどの首の強さ。


 ブリッヂの状態から、複数人の人間が体に乗ったかっても微動だにしない安定感。


 いや、首だけではない。 四方八方から足や腕を絡まれ、払おうと狙われても崩れない強靭な下半身。


 そして、無論……剛腕。


寝技で倒す空手家の打撃。 それを30年以上鍛錬と研究を重ねたそれは――――


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「悪いな……トドメを刺させてもらうぜ」


 達也は飛鳥の目前で拳を構える。 


 飛鳥は動かない。 意識があるのかも怪しい。


 「最後に言い残した事がある。俺はお前のファンなんだぜ」


 風を切る音。 唸りを上げた達也の拳が飛鳥に――――


 「ファンなら、知ってるだろ? 俺はあきらめが悪いって」


 再起動。 消えていた飛鳥の目に再び光が灯る。


 ボクシングでいうスウェーバック。 背中を後方へ倒して避け――――


 いや、その動きが変化した。 自身に向けられた達也の腕を掴み飛びつく飛鳥。


 (飛びつき三角締め? 甘いな。このまま地面に叩きつけて――――)


 この時、達也が感じたのは悪寒。 直観的に危険を感知する。


 だが、達也は止まらない。 格闘技に安全牌など存在しない。

 

 長引けば、長引くほどに危険に踏み込まないといけないターニングポイントが現れる。


それが今――――達也は、そう判断した。


地面に叩きつけてから追い打ちのパウンド――――それで終わりだ。


だが、飛鳥を空中で姿勢を変える。


達也の後頭部へ手を伸ばし抱え込むように、肘を押し付ける。


まるで、試合開幕直後に岡山達也が放った肘打ち。


寝技で打ち勝つ。そのコンセプトで構成された岡山達也の闘法。


それを、一撃を受けただけで身に着けたのか? 郡司飛鳥?


ならば、岡山達也は、こんな時になんて言う?


「面白い、やってみやがれ!」


他ならぬ岡山達也本人は、この直後に受ける衝撃を誰よりも理解しているだろう。


だが、憂いなど、存在しないように――――


 郡司飛鳥の肉体を地面に叩きつけた。    

  

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