第54話 ヘビー級ボクサー 大海原 祥④

 胴絞めスリーパーホールド


 完全に極まれば秒単位で相手を失神させることができる技だ。


 だが、祥の首の太さが普段との差異が生まれたのか、完全に極まるまで至らない。


 顎を引いて飛鳥の腕をガード。 さらに腕を掴み、強引に剥がそうとしてくる。


 従来ならば、それで防げるわけではない。 


 しかし、祥の怪力。バリバリとシールを剥がすように飛鳥の腕を引きはがした。


 そのまま、反転して一瞬で立ち上がる祥。 飛鳥は、まだ立ち上がれない。


 そのまま、座り込んだ状態の飛鳥に間合いを詰めて祥は拳を振るう。


 アッパーカット


 ガードは間に合う。しかし、体が浮き上がるような衝撃。


 一瞬、意識が持っていかれそうになる。


 さらに祥は殴りかかってくる。


 ボクシングも相撲も関係ない。ただ、感情のまま暴れ狂う。


 耐える。飛鳥は、ただ耐えるしかできない。


 やがて……違和感が灯る。


 祥の息が乱れている。 なぜだ?


 ボクシングは有酸素運動だ。


 1R3分 12Rで36分。 ラウンドの間に1分の休憩を入れて、合計48分間の競技。それがボクシングだ。


 強烈なパンチを打つための筋肉よりも、長時間戦うためのスタミナを重視する傾向がある。


 そのため階級を下げて、減量によって体格差を生み出して、パンチのパワー差を生み出す事に批判的な意見もあるが……


 ボクシングは、そういう競技ではない。


 長時間戦うための競技。 ボクシングとは格闘技のフルマラソンのようなものなのだ。


 「あぁ……なるほど」と飛鳥は祥の猛攻を耐えきり、立ち上がる。


 「あんた、試合慣れしてないんだな」


 「……」と祥の無言。顔色も変わらない。


 しかし、乱れた呼吸と大量の汗が肯定を示している。


 試合慣れ


 いつ強烈な打撃が飛んでくるかわからない試合では、気づかぬ内に筋肉と精神が強張る。


 まして、スタミナを強化させても人間が全力で動き続ける時間は少ない。


 日本におけるヘビー級ボクサーの少ない試合数。 


 それが原因で、試合のペース配分に異常を期したのだろう。


 祥は、自身を奮い立たせるように「それが、どうしたってんだ」と叫びながらも前に出る。


 だが、その打撃には雑味が増している。


 こうなってしまえばリーチ差、パワー差も関係ない。


 大振りになり、手数も減ってきた祥のパンチに合わせて――――


 カウンター


 一撃ではない。 攻撃に合わせて何度も繰り返す。


 大切なのは精度。 ダメージは、徐々に蓄積され――――


 「ここ!」と飛鳥は祥の胸を打った。


 放ったのは非破壊打撃。 祥は、激痛に意識が支配され動きが止まる。


 「さらにここ!」


 左足をスライドさせるようにステップイン。


 角度をつけた事で相手の顔面を打ちぬくハイキック。


 いくら、ヘビー級の肉体とタフネスでも……


 ゆっくりと祥は後ろに倒れた。






 


 

  


 


 


 

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