第48話 転章のようなもの②

 「革靴での|爪先蹴り(トーキック)だったはずなんですがね」


 「いや、普通に効いたけどな」


 「そのわりには、平気そうな顔して見えますね」


 「ただのポーカーフェイスさ」


 「そう……ですか」


 再び無言で構え合う両者。次に動いたのは聡明の方だった。

 

 ローキック


 太もも、内もも、また太ももと3連発。


  苦痛。零の顔が苦痛に歪む。


 まるで鉄パイプで殴られたような痛み。


 そんな蹴りを放つキックボクサーの足は空手家の部位鍛練に勝るとも劣らない。


 ビール瓶、ハンマー、ダンベルでコツコツと足の脛を叩いて鍛える。


 弁慶の泣き所と言われている箇所だ。


 そこを叩いて鍛え続けると、神経が潰れ痛みを感じなくなる。 さらに丸みが潰れ蹴りやすく足が変形していく。


そんな足で蹴るのだ。 これは凶器である。


しかし、凶器を有しているのは聡明だけではない。 むしろ部位鍛錬は空手家の領分。


ドスって鈍い音が聡明の胸元から聞こえる。


その衝撃を体当たりを連想させ、一歩二歩と聡明を後退させる威力だった。


「いいね。空手家の拳だ……さて、ここで1つ質問だ」


「こんな時にですか?」


「こんな時だからさ」と聡明は笑い、


「よく言われる空手家はグローブをつけるとただのキックボクサーになる論ってやつだ」


「本職の方にしてみたら、ただのキックボクサー呼ばわりが気に言わないってことですか?」


「へっ、誤魔化すなよ。空手家の特徴である指先の変化を伴う打撃。それに耐えうる部位鍛錬……貫手、平拳、掌底、孤拳、一本拳、メジャーどころでもこれだけある」


「確かに、それが試合で使えれば有利ですが……試合中に貫手が相手の喉に直撃したら、みんなドン引きでしょ?」


「相変わらずおもしれぇ奴だな」


「なんです? その少女漫画のかませ犬が言いそうなセリフ」


「いや、その例えはわからないが……」と聡明は言いよどむも続ける。


「そんな強い強い空手の特色を封じられ、キックルールや総合ルールで空手家は結果が出せない時代が続いた。空手弱い時代さ? なんか文句あるかい?」


「いいえ、先人が慣れぬルールで苦汁を飲まされた過去は、甘んじて受け入れましょう」


「そう……空手弱いの時代は終わった。 希代の空手家 リュート・マチダの手によってな」


その名前を聞いた瞬間、零の表情に赤みがさした。それは怒りからか?


「どんな気持ちだ? 空手ダンスの寸止め空手と馬鹿にしていた伝統派に先を行かれた気持ちは?」


 零の何かが変わった。 何が変わった? それは構えだった。


 いままで、どこか重厚なイメージの構えから、軽やかさが加えられた。


 半身の構え。 リズムをとるように体を上下させている。


 見間違うことなく、その構えは――――  


 伝統派空手のソレであった。


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