第49話 転章のようなもの③

 リュート・マチダ。 


 元UFC王者。 それもライトヘビー級……重量級の王者だ。


 伝統派らしい広い間合いから飛び込んでいく高速刻み突き。 


 相手の前足を払う足払いのようなローキック。


 それら空手を武器に王者になった選手であり、 彼の出現以降「空手を研究しなければUFCで勝てない」とすらいわれるようになった。


 だが、フルコンタクト空手こそ実戦的である。そう主張をしていた流派も少なくない。


 鍛えぬいた体ならば、一撃で決まることなど難しい。 


  佐々間 零が所属している鉄審空手もそういう流れを作っていた流派であった。


 だから、許せぬ。 伝統派に先を越されぬなど許せぬ。


 そんな感情があるからこそ―――


 刻む突き


 伝統派を代表する高速の突き。 それを零は身に着け、さらにチューンアップさせていた。


 伝統派を倒すために伝統派の技を取り入れる。 それは矛盾しているようであり、格闘界ではありふれた話だ。


 グレイシーを倒すためにマウントポジションを研究する……といえばわかりやすいか。


 そんな零の様子に聡明は


「あぁ、ソイツが見たかったんだ。隠していると思ったぜ? フルコン主義が使う伝統派の超実戦的技」


「……なぜ? 私から、これを引き出そうとおもった?」


「格闘技って宗教みたいなもんだ。 しかし、強さってのはウィルスみてぇなもんだ」


「どういう例え話ですか?」


「あん? 自分の所属してるところで、どんなに高い倫理感や道徳心を学んでも、強くなりたいって感情を優先しちまうだろう? 俺らは?」


「それなら、わかりますが……貴方が私から引き出そうとしている説明にはなりませんよ」


「そうか? 俺もお前の技を見て、強くなりたいだけだがな」


「技を盗むためですか?」


「あぁ、フルコン屋が改良して倒すための刻み突きとか見たいし、なんだったらパクリたいだろ? 普通は、そう考えるだろ?」


「倒すための刻み突きなんて、誰も言ってませんよ」


「ん? 違うのか?」


「いえ、超高速を維持したまま威力を増した刻み突きですからね」


「へっ、やっぱり楽しみだ」


「では、まいります!」


 2人の周囲から音が消え去った。残っているのはリズミカルにタイミングを計る零の足音が響いているだけ……


 そして、その時はやってきた。


 それは高速。 動作の起こり、初動作すら巧妙に隠されており、技の発動を知覚することすら許さない高速の拳。


 通常よりも遠い間合いを瞬時に消え去り0とする。


 それがまっすぐに―――


 聡明の正面に向けて放たれた。 

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