第23話 合気道 武川盛三の場合 ⑨
演武と言うのは字の如く武を演じるという事。
要するにお客さんの前で合気道の技を見せる演目だ。
別に合気道だけではない。
客の前で技を見せるためにわざと投げられるのは柔道だったある。 グレイシー柔術だってやる。
打撃系の格闘技だって約束組手の名前で同じ事をする。
特に合気道の道場開きの日ならば、必ずやると言ってもいいだろう。
代表である俺は道場の中心に立った。
相手は創設メンバー……つまり、総合格闘技のジムからついて来た仲間だ。
俺と同じプロだった男だ。 名前は黒崎。
決して上位の選手とはいえなかったが、それでも所属団体のランキングに名前が乗る実力者。
代表が演武を行うなら、相手は高弟……代表に次ぐ実力者になるのが慣わしだから、当然と言えば当然だった。
しかし、奇妙な感覚に襲われた。
誰も目を合わせない。
創設メンバーの誰もが盛三から目を逸らすのだ。
それに気がついて瞬間、ぞくりと寒気が背筋に通った。
そして、演武の時間になった。
俺は、決められた手順とおりに組み合うと素早く投げる。
黒崎も素直に応じる。
(……気のせいだったか)
そう思った次の瞬間だった。
道場に打撃音が轟いた。
殴った。 黒崎が盛三の頬を――――
痛みを感じるよりも早く怒りが芽生える。
なぜ、殴った? 決まっている。 今、この日に俺に恥をかかせるためだ。
一瞬で頭に血が昇る。 見れば黒崎は笑っていた。
構えは拳を構え―――誰が見ても合気道の構えではないとわかるだろう。
道場内はざわめく。
演武の失敗だと思っていた層も理解している。
これは本気だという事を。 これが本物の闘争だという事を。
だが、誰も止めに入らない。
止めに入れないのか、それとも事前に知らされていたのか?
黒崎が前に出る。 ボクシングでいう左ジャブを放ちながら間合を詰めてくる。
……うまい。 明らかにうまくなっている。
あぁ、牙を隠していたのか? この日まで打撃技術を研磨していたのか?
全ては俺を倒すために……
俺は急激に冷えていくような感覚に陥った。
さっきまでの怒りが嘘みたいに消えている。 むしろ、異常なほどに冷静になっている。
そして気がついた。 ――――当たらない。
プロだった男が、さらに技術を伸ばしたはずの打撃が俺には当たっていない。
捌けている。 反射神経や動体視力が上がっている?
だが、心当たりはない。 リングから遠ざかり、合気道の真似事をしていたはずなのに、どうして能力が向上している?
……いや、だからか? 合気道の真似事が、合気道が……
目前に黒崎の拳が迫ってくる。
……できそうだ。 およそ、実戦的ではないと思っていた技が、今なら……あるいは……
そう思うったならば、既に体は動いていた。
俺は黒崎の拳を避けると同時に、手首を掴んでいた。
あり得ないことだ。
パンチは拳を放つときよりも引くときの方を速く。
そう教わってきた。 カウンターや打ち終わりを狙った攻撃を防ぐため、あるいは素早く次の攻撃に移るために、拳を速く引く。
高速で迫り、高速で離れていく腕。 それを掴む事は普通はできない。
それができたのだ。
そして俺は黒崎の手首を強く強く握った。
ミッシと異音が聞こえてくるように強く握り――――
その腕を振り回す。
一ヶ条
真っ直ぐに伸びた黒崎の腕に俺は打撃を加えた。
奇妙な音がした。 骨を叩き折る音だ。
気がつけば黒崎は折れた腕を押さえて大きく叫ぶ。
その後は小さな呻き声を上げ続けた。
この日を境に俺の周辺は変わった。
創設メンバーは全員が出て行った。
道場建設のために金を分けなかったのが気に入らなかったのか?
俺が代表でいる事が気にくわなかったのか?
それとも……どんな不満が俺にあったのか、今となってはわからない。
それと、道場開きには武術関係の取材も着ていた。
そういう連中が武川盛三は本物であると騒いだ。 実戦的な武道家 武川盛三のイメージが一人歩きを始めた。
だが、俺はプロの格闘家だった頃に、あれほど欲していた必殺技――――
俺だけの特徴が2つ手に入った事に歓喜していた。
仲間が消え去った事よりも…… 自分を称える人々が増えた事よりも……
俺が自分が強くなった事が嬉しかった。 俺は、そういう人間だと自覚したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます