第22話 合気道 武川盛三の場合 ⑧

 ジムが閉めることになった。


 盛三はいい。 ランキング2位の選手ならば、どのジムに移籍しても歓迎される。

 

 だが、他の選手はどうだろう? 


 プロ格闘家と言っても、それだけで生活するほどのファイトマネーをもらえるわけではない。

 

 試合に向けて、2~3ヶ月をかけ体を鍛えて、対戦相手を想定した練習をして数万円程度のファイトマネー。 


 場合によっては、自分が出場するイベントのチケットを手売りして、その金額がファイトマネーになる場合もある。


 盛三のように大会のメインやセミで戦えるような選手は別として…… 普通は、副業。あるいはバイトをしながら生活をしている。


 今の生活を変えて、他のジムへ一緒に移ろうといえるはずもない。

 

 まして、盛三のように人生を格闘技に賭けているわけでもないのだ。


 しかし……しかしだ。


 彼らは、皆同じだ。 格闘技が好きだから格闘技をやっている。


 彼らに格闘技をやめろということは無責任だ。 格闘技を続けろを言うことと同じくらいに無責任……だが、盛三は格闘技を好きな同士を見捨てることはできな男だった。


 盛三は移籍ではなく独立を選んだ。 行き場を失った仲間たちと格闘技を続ける道を選択したのだ。


 練習できるなら場所はこだわらない。


 夜の公園や駐車場にマットを敷いて練習した。


 しかし、何度も警察に職務質問を受けた。


 やはり場所はこだわらねばならぬみたいだ。


 ならば……と低額で借りれる練習場所を探した。


 学校の体育館ならば無償で借りれるのではないか? 


 いいアイディアだ。


 体育館どころか、立派な剣道場や柔道場といった専門の建物がある学校もあるじゃないか。


 しかし、断られた。


 何校か断られ続けて、わかった事がある。


 相応しくないらしい。


 大の男が馬乗りになって、殴る練習をする事は学び舎には相応しくない。


 そう判断されるらしい。


 どうしたものか? そう盛三たちは話し合い、誰かが言った。


 「武術のふりをして、総合格闘技の練習したらいいのではないか?」


 公園での練習帰りに少しだけ酒を入れた話し合いだった。


 そのせいか、盛三にはたまらなく魅力的な提案に思えた。


 事実、すんなりと申請は通り、合気道の練習として体育館が借りられるようになった。

 

 盛三たちは武術の真似事はできた。


 かつてのジムで盛三たちの指導していた男は、元プロ格闘家でテイクダウンがうまい男だった。


 テイクダウンとはタックルを代表に相手を倒す技だ。


 レスリングの技術はもちろん、柔道など様々な組技格闘技の投げにも精通していた。


もちろん、その男の弟子である盛三たちも同等の技術を伝授されていた。


だから、そういう武術ぽい動きに偽装して総合格闘技の練習もできるのだ。


もっとも、人がいない時に見張りを立てて、バチバチの打撃練習など本格的な練習も隠れて行っていた。


 しばらくして、見知らぬ女性が尋ねてきた。


 妙齢の女性だ。 はて、何者か?


 入門希望者だった。 


 本人ではなく、子供に合気道を習わせたい。そういう申し出だった。


 少し困った。 なぜなら、誰も合気道を知らないからだ。


 しかし、断れば嘘をついて体育館を借りている事がばれてしまうかもしれない。


 仕方なく、受け入れた。


 気がつけばもう1人増え、2人増え、3人増え……


 最初は、毎月もらう月謝で練習帰り焼肉に行っていた程度だったが、収入が増えていった。


 練習は問題ない。 子供たちに週1度で1時間だけ教え、その後に高段者のみ研究会として、自分たちの練習時間は確保できている。


だが、これは詐欺ではないか?


メンバーたちは口にせずとも、そう思っていた。


そんな思惑とは裏腹に合気道は門下生を増やしていった。


地元テレビの取材があった。 バレるかもしれないと思いつつ受けた。


門下生が増えた。


武術の専門誌から取材が来た。 バレるかもしれないと思いつつ受けた。


門下生が増えた。


気がつけば、指導する場所は最初の体育館だけでは収まらなくなっていた。


付近の学校で20人くらいを指導して、翌日は別の学校で違う20人くらいを指導する。


そんな生活になっていた。


支払われる月謝の額は、最初のメンバーで均等にわけでも1人20万近くになっていた。


普通に働いて稼ぐような額だ。


盛三は、それを分けずに貯め込んだ。 すると3年で道場が建てれる額になった。


たった3年で一国一城の主になった。


合気道を知らない合気道の達人が道場を持つ。 そんな歪みは、事件を起こした。


それは道場開き当日、客を前に行われた演武の最中に起きる。



 

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