第9話 梅雨明け

 彼の普段の家での生活はというと、学校から帰ってから毎日、炊事、洗濯、掃除など行っている。


 実家にいたときは、お母さんの家事の手伝いをするぐらいだったが、それを全てをやらなくてはいけなくなった。


 けど、料理に関してはお母さんにいろいろと教えてもらったため、ある程度はできる。


 学校に行くときも、自分で弁当を作る。そして、毎日欠かせないのが、外でのランニングである。映画の撮影になると体を動かすことが多くなるため、体力が必要になる。


 ちょうどその頃、彼は家からいつも通り学校に登校する。季節はだいぶ夏に近づき、平年よりも温度は上がっている。


 そのため、梅雨明けから衣替えをして、着用しているネクタイを外し、半袖のシャツを着たクールビズである。


 彼の変装は変わらず、多少ウィッグの蒸れを感じることもあるが、それに対するアフターケアーを万全にしている。


「柳木君、おはよう」


 そして、駅から降りた彼は彼女と鉢合わせた。


「おはよう、姫菜さん…」


「この前のショッピングモールありがとね」


「うん…」


 二人は学校まで一緒に登校することになった。


「それにしても、だいぶ暑くなってきたね」


「そうだね」


「柳木君はここの学校に来て生活は慣れた?」


「うん」


「それは良かった」


 しかし、彼の高校生活は普通の人よりもかなり大変で、毎日変装したり、勉強や仕事をしたりして疲労がかなり溜まる。


「そういえば、柳木君って好きな人はいる?」


「好きな人?」


「少し気になって」


 彼女にいきなりそう言われて、今まで何も考えてこなかった。好きな人と言われるとはっきりとは思い浮かばない。


「今はまだいないかな」


「ふ〜ん」


 彼女が鼻を鳴らしてこちらを見る。


「でもいずれ柳木君にも好きな人ができるといいね」


「そう、だね」


 学校の正門前までたどり着き、昇降口まで歩いて


「それじゃあ、また何かあったらよろしくね」


 二人は下駄箱の中の上履きに履き替えて教室まで行く。


「おう!柳木もちょうど来たか」


 彼は、学生カバンを片手に肩の高さまで上げて、腰に手を当てて、僕の前に姿を現す。


「そういえば、今日の一時間目から家庭科の授業で調理実習をやるだってよ」


 調理実習は、班ごとに分かれて行う。


 今回は、家庭料理で定番の肉じゃがを作るのだそう。


「俺は、基本的に家ではカップラーメンを食べるかコンビニ弁当ぐらいしか食っていないからな」


 彼の普段の食生活はコンビニ弁当などを買って食べるという行為を繰り返してきているため、生活力があまりない。


 そして、朝会が終わった後は調理室に向かい、調理するための準備に取り掛かる。


「では、皆さんには、一般家庭料理でも知られる肉じゃがを作ってもらいます。出来上がった班は、味見をしますので、その場にいてください」


 先生から肉じゃがを作る調理手順や注意事項を聞いたあとは、早速作り始める。


 主婦が作る肉じゃがによくありがちなミスは、味が薄かったり、しょっぱかったりするので、その点を意識しながら作る。


 しばらくすると、煮詰めた中の具に味が染み込み、家庭的な味に近づいた。


実は小学生の頃、僕は昔馴染みの女の子に肉じゃがを作ったことがある。今までも懐かしい感じがする。


 彼女が、僕が作った手料理を食べたいと言って、家ではお母さんに教わりながら一生懸命作ったことがある。僕にとっては、これが初めての料理だった。


 作り終えた肉じゃがをタッパーに入れて、彼女の家まで持って行き、彼女に料理を食べてもらい、美味しいと喜んでくれた。


 それから、彼は料理に興味を持ち始めたのだった。


肉じゃがを作り終える段階に来るとふと僕の脇から、女の子が現れる。


「あの、一つ味見してもいいですか?」


 そう言われて、小皿を彼女に差し出すと


「味がしっかりと染み込んでいて、すごく美味しいですね、普段、家では一人でご飯を作ることがあるんですか?」


「はい、いつも弁当とかは一人で作っていますよ」


「そうなんですか」


 彼女と料理のことでいろいろと会話をして、楽しく調理実習を終えるのだった。

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