一夜(短編集)

青夜 明

終わらせましょう勇者様!

 俺は死んだ。消えていく意識の向こうで、魔法使いの少女が泣きそうな目をしていた。

 悔やむ気持ちを抱えながら、俺は宿屋で目を覚ます。


「おはようございます!」


 俺の顔を覗き込み、花開くように笑うのは、魔法使いの少女だ。


「いよいよ魔王と決戦ですね、頑張りましょう」


 そう言って俺の緊張を解こうとする。この場面を何度見ただろうか。

 俺は先程まで、魔王の幹部と戦っていた。否、先程もと言うべきか。何故か俺は、死ぬと過去に戻る特異体質を持っている。

 記念すべき第一回目は、森で盗賊に殺され、気付くと森の入口にいた。夢でも見たのかと道を進めば、先刻と全く同じ光景が現れたではないか。厭らしい笑みを浮かべた盗賊数人が、たった一人を囲んでいた。

 腰までの髪と、吸い込まれそうな大きい瞳、二つの黒が揺れている。白い肌と、全身を覆う白いローブに、桃のような、小さい唇が覗く。小柄な体躯で地面に座り込み、彼女は不安げな顔で俺を見ていた。

 思わず声を掛けると、盗賊が襲ってくる。流れは同じ、動きも同じ。時をやり直している事に気付いた俺は、パターンを読んで彼女を救った。

 その後、彼女は唯一の仲間になった。何かと無口な俺だが、気に留めず話しかけてくる。治癒や芽吹きの魔法が得意で、他人に優しく、よく笑う。見ていて飽きない相方だ。

 ローブの下に、魔王の呪いを封じているらしい。人間には悪影響でも、魔族が喰えば並外れな力が手に入る。彼女はよく命を狙われた。庇って俺が戦い、時に死を隔てやり直す。彼女の泣き顔をどれ程見たことか、勝利した時の優しい笑顔を、何度噛みしめた事か。

 俺の人生は、彼女の為に在るような気がしてきた。自由にしてやりたい。その為にも――見飽きた魔王幹部の面を鋭く睨む。

 もう負けてたまるか。

 幹部は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、血を流す俺に歩み寄り、ゆっくりと剣を構えた。

 堪えろ痛み、動け身体。死ねと吐いた下劣な顔を――下から勢いよく斬り上げた。


「勇者様!」


 亡骸を避けると足も縺れた。駆け寄った魔法使いが優しく抱き留め、慌てて傷を癒してくれる。全てが温かかった。ありがとう、さあ、ラスボスだ。


 謁見の間に踏み入れた。奥に明かりは無く、背後から漏れる光が、狭く内部を照らすのみ。中は広く、冷たい空気が張り詰めていた。見えるのは大理石の床と、奥に伸びる赤い絨毯のみ。俺が剣を構えて歩き出すと、魔法使いが後に続く。

 だが、俺達は足を止める。おかしい、魔王の気配が無い。


「一体魔王はどこにいったのでしょう……」


 俺は振り返る。


「勇者様どうしますか? 待ち伏」


 素早く間を詰め、魔法使いを剣で貫いた。

 目が見開く。彼女のも、俺のも。俺は、何をした?


「どう……して……?」


 分からない。意思を持ったように、身体が勝手に動いた。──声が出ない。


「私が魔王だからと、言ってくれないのですか……。ふふ、勇者の剣は最大の弱点……終わりですね」


 今、なんと。彼女が魔王。嘘だろ?


「勇者様、知ってますか? 世はカミサマの欲を満たす為に作られ、カミサマは欲の為に人を操る……。でも、私、本能で戦う私達と違い、温かく、手を差し伸べる人間は……嫌いじゃ、ありませんでした……。なのに、温かさや……必死で生きること……沢山の死が、娯楽でしかないと、言われ……世界を、壊したくなった、ん、です……」


 最後は辛そうに洩らし、彼女は塵になって消えた。


 死んだ。


 殺した? 俺が? いや、今も笑ってるのか、カミサマ。

 娯楽、魔王。どうであれ、俺は彼女と一緒にいたい。この身を貫いてやり直そうと思った。

 だが、俺は剣を収めた。

 目に絶望を浮かべ、口元は勝手に笑い、俺は魔法で魔王城を出る。

 一瞬の暗闇。

 気付くと街の中にいた。沢山の人に囲まれ、次々と祝福の言葉を頂く。

 とうとう眼も笑い始め、残されたのは心だけ。戻りたいのに、どうしようもなく哀しいのに、足は前へと進む。俺は笑う、皆も笑う。いつまでも。

 止めてくれ。


 世界は幸せになった。その先には何も無かった。

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