第5話 後・二
「ぜーんぶ知ってましたよ。兜の下の素顔も、女性であると」
みなが驚いているのをよそに、さも当たり前のように言ってのけた。
……待て待て待て!
「知ってただぁ!?」
「はい♪」
それがなにか? と、ミスティはけろっとしている。
し、知っていた、だと……なら、今までの苦労は一体なんだったんだ……。
「じゃあ、お父様呼びは女だと分かった上で?」
「はい、その通りです」
「えっと、じゃあ休暇中のあの時も……?」
「ええ。とっても楽しかったですよ、『リリィさん』?」
「そ、そんなばかな……」
身体の力が抜けて、へろへろとへたりこんでしまう。
思い返してみれば、はじめから妙だったんだ。ずっと兜を被ってる変人に懐いたり、素性の知れない他人と遊んだ上に服まで買ってあげたり……。
そのどれも私なわけだが、実に奇妙な出来事だった。なぜ最初から疑ってかからなかったのか、前までの自分が滑稽に見える。
そこで、大きな疑問が生じた。
それは、『一体どこで私を知ったのか』ということだ。私は外で正体を明かすようなことはしたことない。記憶にないだけかもしれないが、徹底していたので問題なかったはず。
思い切って訊けばいいか。
「ミスティ、どこで私の正体を知ったんだ? 誰かから聞いたのか、それとも……」
私が言い切る前に、ミスティは私を起こしながら、小さい声で語り始めた。
「憶えて、いませんか? 遠い昔のお話です、小さな女の子は仮面の騎士様に救われました。その女の子は私、騎士様は……お分かりですよね、お父様です」
「あの日言っていた、十年前の時の」
「はい。父を呼ぶ私のために、父の演技をしてくれて……その時、気を紛らわせるためにと、歌を教えてくれたんですよ」
そして、ミスティは歌う。前の夜、私に歌ってくれたあの歌を。どうりで、聞き覚えがあったわけだ。昔歌ったものなのだから。しばらく、もしかするとその日以来歌ったことがないから、忘れてしまったのだろう。
歌い終えて、ミスティは大きく溜め息をついた。
「その後は他の子供を助けるため、どこかへ走り去ってしまって。忘れるのも仕方ないです、私は、助けた子供の一人でしかなかったのですから。後日お礼をしたかったのですが、お名前を知らないうえ、顔を見ていませんでしたから、叶いませんでした」
少しずつ、思い出してきた。
十年前の事件の日、確かに駆り出された記憶がある。しかし、当時はまだ新米で、目の前のことをこなすので精一杯だった。子供を助けてなだめたのも、その場しのぎのようなもの。あの頃のことは、意識しないと思い出せないほど忙しかった。
私には仕事の一環でしかなかったが、幼いミスティには大きな出来事だったのか。忘れていたことに、罪悪感を憶える。
だが、それがどうやって私の正体を知るに至るのだろうか。
ミスティは私の反応を見て、続ける。
「それから数週間後くらいのことです。私が街を歩いている時、ふと鼻歌が聞こえたんです。私を励ますのに歌ってくれた、騎士様の歌です。気になって探してみれば、なんと綺麗なお姉さんが。歌い方のくせも一緒で、少しおかしかったです」
「……私が鼻歌?」
「はい。ちょうしっぱずれでかわいかったです」
さすがに若かったな、私。外でも徹底し始めたのはそれより後、だったかな。
しかしまあ、思いっきりボロが出ていたか。しかも子供に看破されていたとは……。
「しぐさなんかも一緒で。それからですね、仮面の騎士様の中が女性だと知ったのは。以来ずっと、お父様……貴女様を見ていました」
ミスティは胸の前で手を組んで、まるで聖女が神に祈るかの如く目を伏せた。
「私はあの頃からずっと、焦がれていたんです、貴女様に。ずっと、憧れていたんです」
ゆっくりまぶたを開けて、熱のこもった視線で、まっすぐ私を見つめる。
ミスティは、覚悟を決めたように、言葉を紡ぐ。
「――今までも、これからも。ずっと……お慕いしております、ユフィ様」
潤んだ瞳、淑やかな、愛おしいと心で感じさせる、声。
初心な私でも分かる。きっと、ミスティは私を……。
そんな彼女の、今にも泣き出しそうな笑顔を見ていると、なぜだろう――。
心の奥が熱くなってくる。
私の胸に、ちいさく熱がともるのを、確かに感じた。
気がつくと、私は優しく、ミスティを抱きしめていた。
痛くないように、覆いかぶさるように、優しく。
「え――」
ミスティは声ならぬ声を、唇で響かせている。
私は耳元で、そっと呟やいた。
「今まで、辛い思いをさせてしまったな……これからは、そばにいる。ずっと」
そう言って、少しだけ、強く抱く。
……どれくらい経っただろうか。適当なタイミングで身体を離した。
ミスティの顔を見ると、今にも爆発するんじゃないかと思うくらい、真っ赤になっている。
おぼつかない様子で、ずるずると私から距離を取った。
ま、まずかったろうか……と後悔するより先に。
「う、嬉しいんですけど……わっ私が言うのもなんですけどっ――」
ミスティが叫んだ。
「なんでこんな人前でやるんですかぁー! ばかー!」
ばかー、ばかー……余韻が一帯に広がる。
……そうだ。いつから私は、ここに二人しかいないと勘違いしていたんだ?
固まった身体を動かして周囲を見れば、ぽかんと口を開けた騎士たちが大勢いた。そりゃそうだ、まだ帰ったわけじゃないんだから。
恥ずかしさに耐えかねたミスティは、顔を覆ってその場にしゃがみこんでしまった。
「嬉しいけどぉ……もう、もう……うわー!」
私もできることなら今すぐ逃げ出したいところだが、足が全く動いてくれない。
何か言おう。そう思ってもうまく声が出ない。
「いや、ちがっ……あの、え、え?」
弁解のしようもない。なんかもう、色々終わったような気がする。
多分、私の顔も真っ赤になっていることだろう。
とにかくこの場をどうにか、どうにかしたい。思考を巡らせるも、次のミスティの一言で途切れてしまった。
「もー! お父様のばかー! ちょー愛してるー!」
とんでもない爆弾発言。愛してる、その一言で場がこれまでにないくらい沸いた。
そしてお祝いの言葉を口々に言う。
「おめでとうございます!」「感動的だ……」
「ミスティちゃんが嫁に行くぞ、式場建てろ!」「城下のみんなにも援助を頼もうぜ!」
ええい、好き放題言いやがって。
私も羞恥心でいっぱいになり、抑え切れなくなって、思いっきり叫んだ。
「お前たち――いい加減にしろー!」
「「お幸せに!」」
「う、うるさーい!」
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