もしもし、マガーク少女の声は見えていますか?

ちびまるフォイ

聞こうとしなければなにも聞こえない

ある小さな町で不幸な事故が少女を襲ったそうです。


少女は幸運にも休止に一生を得たのですが、

事故の後遺症により耳が聞こえなくなってしまった。


人間の脳にはどこか機能を補い合う部分があり、

耳が聴こえないと鼻や目がよくなる、という話はあります。


少女はその中でも極端な例で目から音が聞こえるようになったのです。


正確には、目で見た映像から音を想像する……でしょうか、



黒板をイメージしてそこに爪を立てて引っかくとします。


きっとあなたの脳内でも「キィーー」と嫌な音が聞こえたでしょう。


耳から聞こえた音を解析して認識するのは脳なので、

目から得た情報でも少女は十分に蓄積されたデータをもとに音を再構成できてしまったのです。


のちに、この効果は「マガーク効果」として知られるようになります。



事故後、少女はとりとめた大切な人生を過ごそうとしました。


もともと目が良かったのも手伝い、

音が届かない遠くにいる友だちの声も聞こえるようになりました。


少女の前ではどんなひそひそ話でもすべて筒抜けです。



けれど、その反面、視野の届かなければなにも聞こえません。


すぐ隣から大声で話をしていても視界に入らなければ

なにを話しているのかもわからないのです。


この驚異的な指向性により少女はもとの生活ができなくなりました。



誰だって、話している最中にずっと目をそらさずにいられたら怖いですよね。

まるで面接です。


でも、少女にとっては相手の話をちゃんと聞くためには不可欠で

気味悪く思われたその行為こそ少女の誠意の現れでした。



しだいに人と距離を取り始めた少女は引きこもりがちになりました。


その頃、とある国の情報機関が少女の話を聞きました、


当時はまだろくに解析もできていない未知の症例と

少女の持つユニークな特性をぜひ役立てたいというのです。


少女は自分の力が誰かのためになるのならと同意しました。

連れてこられたのはとある実験場でした。


そこでは日夜宇宙人との交信や地球にやってきた宇宙人の映像を解析している場所。

少女の目で見たものから音を拾える能力でもって、宇宙人の考えていることを聞く。



……というのが名目でした。


少女にも、その親にもそう伝えていたので誰も疑いませんでした。


実際に少女に課せられたのは宇宙人ではなありません。

敵対国に関する軍事映像ばかりでした。


少女の能力を軍事転用できないかと考えたのです。


驚異的な少女の能力はサーモグラフィで人のシルエットがわかれば

そこから音を拾うことができてしまうのです。


これを使うことができればわざわざ危険を冒して盗聴器を仕掛けにいく必要もなくなる。


少女は来る日も来る日も戦争の映像などを見せられ、

情報が流出しないように幽閉されて実験が続けられました。


疲れで少女の感覚がにぶると実験が滞るために

少女には緊張感を持続させるために電流なども流されたそうです。



少女の特殊能力の解析と転用実験は難航し時間ばかりがかかりました。


少女はしだに疲弊していき、繰り返される実験の影響で

ますます能力は鋭く研ぎ澄まされていきました。


もはや壁のヒビを見ただけで聞いたこともない音を想像して感じ取れるほど

視覚から音を拾う能力は異常なまで研ぎ澄まされていました。


実験中も少女は何度も中止と助けを懇願していたそうです。



最後の実験から数日後に少女は幽閉されていた部屋で自殺したそうです。


体は視神経を中心にバラバラに解体されて分析用の実験材料とされました。



いつまでも戻らない娘を心配した親がたどり着く頃には、

実験場で残されていたのは少女の持っていたぬいぐるみと実験の記録映像だけでした。


映像には実験中に泣き叫び、拘束を外そうともがき、何度も親の名前を呼ぶ少女が映っていました。

大人たちは顔色ひとつ変えずに実験を続けていました、


その様子を見た母親は実験場の人間全員に聞こえるように叫んだそうです。



「どうしてあなた達には、この子の声が聞こえなかったんですか」


と。

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