泡沫

彩夏

第1話

遠くへ。


遠くへ、いかなくちゃ。


の目が届かないところまで。


電車に飛び乗る。


行き先も見ないまま、座席で揺られ続ける。


窓の外に広がるのは――キラキラ輝く、一面の海。


初めて見たそれは、とても美しくて。


あそこに行ってみたい。


あの水に触ってみたい。


そんな、衝動を起こした。


立ち上がる。


近くの駅で、飛び降りる。


純白のワンピースを揺らして、砂の上を走る。


そのたび、ミュールに踏まれた砂がザクッ、サクッと音を立てた。


手が濡れるのも構わず、波に触れる。


よっては、返し。


波は泡を残して戻り、また打ち寄せる。


ふと泡を踏んでみると、しゅわっ・・・という微かな音を残して跡形もなく消え去った。


泡沫うたかた』――


そんな言葉が、頭をよぎる。


きっとこの逃避行も、泡と同じ。


泡沫の夢、なんだ。



気付けば辺りは暗くなり――


いつの間にか、波打ち際にひとりの少年が立っていた。


「?」


あの人は、誰だろう?


不思議に思って見つめると、少年が、ふ、と微笑んだ。


まるで泡のように儚げで、月のように綺麗な――そんな微笑。


「君はどうしてここにいるの?」


そう、少年が発した声は、鈴のような涼しさを伴っていた。


すうっ、と自分の口が動く。


「逃げてきたの」


「何から?」


「――閉じ込められた箱庭、ううん鳥籠・・・?――違う、私の運命から」


ポロ、ポロ、ポロ。


言葉がこぼれ出す。


月と星、そして少年だけが見守っている。


少年が、慈愛を湛えた瞳で見つめてきた。


「そっか・・・ボクと、同じだね」


「逃れられない運命から・・・ボクも、逃げているんだ」


「同じ・・・」


「そぅ――」


少年の声が小さくなってきて、パ、と顔を上げる。


消える、消える、消えてしまう。


体の端々から泡を溢れさせて、少年の姿が薄くなっていく。


伸ばした手は、微かに残る泡の隙間をすり抜けた。


どこからともなく、少年の声が聞こえる。


「バイバイ・・・」


「ぁ――」


「伝えたいことは、伝えて――存在しているうちに。思い切り抗って――たとえそれが、逃れられない運命だとしても・・・」


それを最後に、ぱったりと少年の声と気配は感じなくなる。


遠くへ――


その思いは消え去っていた。


ただ、あの少年のところに行きたい。


大事なことを教えてくれてありがとう、と伝えるために。


どこに行けばいいのか分からないまま、一歩足を踏み出す。


ザ・・・ザザ・・・


波の音だけが、今も、泡沫の一瞬も響いていた。

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泡沫 彩夏 @ayaka9232

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