2019年11月17日(日) ピヨピヨの日
「ピヨピヨ♪ピヨピヨ♪」
鳥に似せる気のない、日本語のオノマトペ。
最初の「ピ」から、4文字目の「ヨ」にかけて、急速に上がっていく音程。
音が高くなるにつれて、日本人女性が頑張って声を出していることが、よく分かってしまう。
近くにいた子どもも、真似をして「ピヨピヨ♪ピヨピヨ♪」と歌う。
今日の全ては、このたった数秒の、8文字の音声に、持っていかれてしまった。
遡ること数時間。
今日は、週に一度の陸上クラブの日であった。
この4月から、大人の部門の長距離を選択した親と私であったが、自分たちほど走れない人がここには存在しないことに気付き、焦りを感じていた。
前々回は、初心者と名乗るグループについて行き、途中リタイア。
前回は、自分たちのペースでゆっくり走った結果、メンバーを見失う。
そして挑んだ今回。自分たちのペースで走りつつ、メンバーの走りそうな道を予測して走ることにしたのだ。
結果、迷子になった。
張り切って、「このキツそうな坂道を行こう」と、進んでいった先にあったのは、見たことのない場所であった。曲がりくねって下る道路。僅かに紅葉の見られる木々。山火事注意の看板。異世界転生したらこれ以上の不安に襲われるのだなぁ。などと漠然と思った。既に足は疲弊し切っていた。
見慣れた道に帰れた時には、メンバーはトラックをグルグルと走っていた。
自分たちもそこに混ざろうとしたが、スピードに追いつけず3周でダウン。
代わりに、その後の200m×5本は、何とか走り切ることが出来た。5本も走れたのは初めてのことであった。いくら吐いても吸っても、息が出来ていないように感じたのも初めてのことであった。
このように、内容もあり、成長もあり、充実した1日であった。
日記は勿論、上記の内容だけで完結させるつもりでいた。
タイトルは「陸上の日」とするつもりであった。
事件は、帰宅途中に起こる。
1.5ℓのポカリを飲み干してもまだ喉が潤わないとうるさい僕を黙らせる為、その辺にあったスーパーに寄った。
ローカルなスーパーだなぁと思った。スーパーは数ヶ月に一度の頻度で近所の一店にしか行かないので本当のことは知らない。
自分用と、家族の夕食用の飲み物を手に取り、レジへと向かう。
列に並んだ、そのときだった。
「ピヨピヨ♪ピヨピヨ♪」
誰かの声がした。確かに人間の声だった。しかし、そんなことを叫んでいそうな客は見当たらない。
「ピヨピヨ♪ピヨピヨ♪」
耳に残る声が再度響く。レジカウンターからだ。店員さんの手元近くから、声は聞こえた。
具体的にどのタイミングで再生されるのは分からなかったが、会計が終わるか終わらないかのとき。厭に人間的な声で、ピヨピヨと機器が鳴いていた。
「これ、何?」
親が呟く。
「WAON! のヒヨコ版?」
僕が呟く。
「ピヨピヨ♪ピヨピヨ♪」
子どもが真似する。
遂に、2人の頭から「ピヨピヨ♪」は消えなくなった。帰路についた車内にも、時々「ピヨピヨ♪」と、あの哀しき鳥が乗り移り、名残惜しそうにさえずっていたのであった。
すっかり脳内にこべりついて、家までお持ち帰りしてきてしまった「ピヨピヨ♪」を、記しておきます。
音程は、テノールの音域にあるソから始まり、ソシレソ、と上がっているっぽい。フラットシャープなし。「ソシレソ♪ソシレソ♪」。
帰宅中、そこまで考えてから「これでいつでも思い出せるようになってしまった……」と後悔しました。
記したからもういつでもさえずれます。多分。
こんなにネタにしたって、どこかに書いておかなければ、思い出すキッカケがなければそのまま忘れてしまうものなのかぁ、と考えては少し感傷的な気分になる夜です。
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