凡人英雄化計画 〜優柔不断で軟弱だった少年は、百の試練を乗り越え、英雄となる〜
雪ノ 狐
第1話 青年の過去
何で……何でこんなことになった!?
俺は今、血反吐を吐いて、無様に砂の上を這っている。
俺を追い詰めたのは───俺をこんなにしたのは、後ろの
子供ぐらいの背丈しかないくせに、体皮は全身緑で、頭部は禿げていて───醜悪な笑みで舌なめずりをする姿はまるで小鬼。
あんな小さな体のどこに、俺をこんなにできるほどの力が隠されてたっていうんだ!!
小鬼は、まるで弱った獲物を追い詰めるかの如く、ゆっくりと歩いて近付いてきている。
怖い……怖い!
どうすれば……どうすればいいんだよ!?
俺はただひたすらに、無様に砂の上を這いずるしかなかった。
□□□
時を少し遡る。
俺はその日の朝も、夢を見ていた───悪夢だ。
『
気珠無というのは俺の名前。フルネームは武藤気珠無。
この夢の中で俺の名前を呼ぶのは、俺の幼馴染
詐来はいろんな表情を浮かべながら俺の名前を呼んでくる───というより、俺の中に残っていた詐来の記憶を脳が勝手に呼び起こしてくる。
『気珠無!』
『気珠無ぁ……』
『気珠無! 気珠無!!』
怒りながら俺の名前を呼ぶ詐来・泣きそうな顔になりながら俺の名前を呼ぶ詐来・嬉しい事があって、それを俺と共有しようと名前を呼ぶ詐来───彼女についての様々な記憶が思い出される。どれも懐かしくて、微笑ましい記憶だ。
………けれど、前述したようにこれは悪夢だ。このまま微笑ましく終わらないのは
この夢はいつも、一番思い出したくない記憶を呼び起こして終わる。
………そろそろだ。
『気珠無ぁ〜♡///』
俺ではない他の男に抱かれて、快楽に身を任せながら下卑た笑みを浮かべる詐来。裸で服も来ておらず、両手でダブルピースを作りながら舌を出している───品の欠片も無い詐来の格好。
当時この状況を見た時に感じた絶望を、俺は毎日思い出しながら、朝を迎えるのだ。
□□□
目が覚める。
あぁまただ。またこの夢だ。
ボロアパートの狭い一室───いつも通りのその場所で、いつも通り俺は寝覚めの悪い朝を迎える。
高校二年の
思えば、あれを転機に、俺の人生はうまくいかないことばかりだ。推薦で試験合格の通知が来ていた大学から身に覚えの無い理由で突如 合格取り消しになったり、大学卒業後の就職では内定取り消しなんて当たり前、酷い時は罵詈雑言を浴びせられながら不採用通知を叩きつけられた。
そんな訳で職につけなかった俺は今フリーター。複数のバイトを掛け持ちして食いつなぐ日々。
なぜ、俺がこんな目に合わなければいけないのか?
いや、本当はわかっているんだ。
転機はあの時、五年前の
もし、あの時もっと違う行動を取れていたら───それ以前に、もっと早く俺が
両親は俺が幼い頃に両方事故で亡くなった。
引き取ってくれたのは親戚の叔父叔母夫婦。しかし、二人はよく海外出張で家を開けていたため、俺は一人だった。
当然、幼かった俺は一人では何もできなくて、最初の頃は苦労したし、身だしなみになんか気を使っていられなかった。元々積極的な性格ではなかったことも相まって、幼い頃はかなりの根暗野郎だと周りに思われていたことだろう。
だから、よくイジメられた。
イジメてくる奴らはいつも一緒。───近所の子供達。
だけど、決まってそいつらの中心にいるのは、一際その中でも存在感を放つ子だった。───
皆、こいつに逆らうのが怖くて俺をイジメていた部分もあると思う。
だから、イジメが無くなることは無かった。
そう、イジメが無くなることは無かった───のだが、それでも、いつも俺を助けてくれる人がいた。───それが詐来だ。
俺が泣かされる度、彼女がいつも前に出て、俺を庇ってくれた。
言ってしまえば、彼女は俺にとって、幼馴染であると同時に救世主だった。
そんな存在が───詐来という存在がいたからこそ、俺はこの状態を受容した。
受け入れたのだ───自分が弱者であることを。俺は悪くない・イジメてくる こいつらが悪いんだ・どうせ何もしなくても詐来が助けてくれる、と思い込んだ。
自分では何も変えようとせず、人に責任をなすりつけ、現状から逃げたのだ。………最低だろ?
そんな関係が高校二年まで続いた。
そんなんだから、あんなことになるんだ───。
高校二年の頃、俺と詐来の関係は少し変わっていた。ただの幼馴染から、恋人になっていたのだ。
一応、告白は俺からした。俺からした───のだけど……でも、詐来が俺のことを裏切る筈がないと、慢心していたのも事実だ。
結局その通りで、詐来は俺の告白を受けてくれた。───それも泣きながら、「嬉しい」とまで言って。
あの時に覚えた歓喜・感動・そして、
───そして、
その日、俺は一人で帰宅していた。
最近、詐来の方から「ごめん、用事があるから」と一緒に帰れないことが多かったから、「どうしたんだろう?」と悩んでいた時のことだった。
俺の携帯に一通の
俺はこの時、特に何も考えず画面をタップした。「何だろう?」と思ってその動画を再生した───それが間違い。
それは、詐来と、俺をこの時までイジメてきた張本人・異川敦の交わい動画だった。
詐来は動画に撮られていることもお構い無く、激しく異川を求めていた。まるで、
俺は目を見張った。何かの間違いだと、この時ほど自分の目を疑ったことは無い。
でも、動画は間違いなく本物。合成でも何でもなく、ただの事実だった。
後から聞いた話だが、詐来は俺をネタに脅されていたらしい。「もし俺の言うことを聴かなければ気珠無を痛めつける」という風に、毎回毎回。そして、行為には必ず
それでも、それを知っても尚……いや、だからこそ、俺は二人と距離を取った。
あの事実を知ってすぐに助けにいかなかった俺が、今更どの面下げて詐来に会いに行けばいいのか───そういう思いもあったし、何より、あの動画で晒していた詐来の笑みが───今まで一度も見たことが無い下卑笑みが、俺の脳裏から離れなかったというのがでかい。
あんな笑みを浮かべていた詐来に、今まで道理 接せられるのか───そう問われたら「否」と答えるしかできないだろう。あれを思い出すだけで嘔吐感に襲われる俺には、詐来と一緒に過ごす日常は遠すぎた。詐来とこれ以上一緒にいるのは無理。───それぐらい、あの動画のショックはでかかったのだ。
幸か不幸か、これ以降あっちからも俺に接触してくることも無く、俺と詐来の関係はここで終わった。
俺は今日も襲ってきた嘔吐感に身を任せてトイレに籠ると、少ししてから そこから出る。
「後悔は無いのか?」と問われれば「ある」と答える。しかし、だからと言って、あの時の俺に何ができたのかと考えると、何も浮かばない。
「もし過去に戻れたら」と思う自分もいれば、「過去に戻っても」と水を差す自分もいる。
結局のところ、今でさえ俺は優柔不断なクズ野郎なのだ。
でももし、過去に戻れるとしたら、俺は詐来の
あんな下卑た笑み等ではなく、いつも穏やかに笑っていた彼女の笑みを取り戻したいのだ。やっぱりそっちの方が、詐来には似合うから。
………そんなことを思っても、後の祭りなのにな。
俺は自虐的に笑みを溢すと、バイトへ行くために準備を始める。
でも、何の因果か、そんな最低で矮小な俺の前に、突如として とある男性が現れたのだ。
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