第2話
(もうすぐ文化祭だし、顔出すかあ)
久しぶりに、部活に行く元気も出て来て。
放課後、私は最後の夏の演劇に出演すべく部活動に参加して、ちょっといつもより遅めに、先輩のアパートの前を過ぎようとしていた。
(あれ?)
ベランダの窓が開いている。
でも。
部屋が暗くて。
無用心だなあ、何て思って近づくと、
「あっ」
私は声をあげた。
先輩が倒れているのが見えた。
ベランダを、よじ登って。
「先輩、先輩、日高!」
って、私は声をかけた。
家電から救急車を呼んだところまでは覚えている。住所は、手帳を見て。
でも。
私は、気づいたら病院の待ち合い室に、先輩のお父さんとお母さんと、座っていた。
お医者さんの話では、貧血と、過度なストレスからくるものだということだった。念のため、今日だけ入院して翌日には退院出来るという。
「じゃ、私は、これで」
帰ろうとすると、作業着姿の、先輩のお父さんが近づいて来て、
「今日はありがとう。おかげでたすかった。こんなもんしかあげれんけど」
って、手づくりの、キーホルダーを差し出してくれた。
「おれが作ったんで、あれだけど」
「すみません。ありがとうございます」
私は受け取った。
私の手の平で、その銀製のキーホルダーは、きらきらと輝きを放っていた。
先輩のお父さんは、鉄材をあつかう工場を経営していた。
いつか。
連ちゃんが言っていた。
「政略結婚だったりしてね」
って。
銀行の融資がらみでね、って。
私は、本当に子供で。
何も考えられずに。
「まさかあ」
って言っただけで。
それ以上連ちゃんは何も言わなかった。
でも。
今日、私は先輩の部屋に入って。
息をのむほどに驚いていたのだ。
そこには。
家具も無く。
テレビも、洋服ダンスも、何も無かった。
およそ生活臭のしない、寒々とした空間が広がっているだけだったのだ。
先輩は、毎日、どんな思いで、この部屋で過ごしていたんだろう。本当に、ここで結婚生活などおくれるのだろうか。
私は、家に戻ってからも、あの日、あの何もない冷たい床で倒れている、先輩、いや、日高の姿を、何度も何度も思い出していた。
二日が過ぎた。
退院して、初めての土曜日、先輩から電話があった。
「今日、来れる?」
その声に、
「大丈夫なの?」
「うん、むしろ、来てもらえない方が苦しくなる」
「わかった」
頷いて。
小さいケーキを買って、アパートへ向かった。
「どうぞ」
って通された部屋は、やっぱり広くて寒々しくて。
「ねえ、はるちゃん」
私の前に紅茶を置いて。
先輩は言った。
「ごめんね」
「えっ何が?」
私は、先輩を見つめた。
「昔、キスしたこと」
先輩が言ったのは。ずっと私が聞きたくて。
でも聞けなかった、あの日のことだった。
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