第36話 噂

スイートウォーター城では勇者訪問の噂が流れ、カズマの部屋の前には人だかりができていた。


ヒデとミツはカズマの部屋の前に護衛をつけ、人だかりを追い払った。


この事によりカズマはある意味軟禁状態となり、部屋から一歩も出ることなく夜を迎えた。


食事を終えた頃、マリに呼び出しをかけ、サンライト城の状況を聞く。




カズマ:「カズマだ、そっちはどうだ?変わった事はないか?」


マリ:「貴様が闘技場に来ない事を気にする者もいる。忙しいから城に籠っていると言っておいた。そっちはどうだ?」


カズマ:「最悪だ・・・俺が勇者だという噂が流れて部屋から出る事もできない。表に護衛が張り付いていて、まるで軟禁だ。」




カズマがそう言うとマリがクスクスと笑っている。




カズマ:「あ、笑ったな?」


マリ:「勇者様は人気者だな。」


カズマ:「呑気な事言うなよ。俺が来てるって情報が知れたらそっちが危険になる。心配で眠れそうもない。」


マリ:「明日には戻れそうか?」


カズマ:「ああ、夜明け前にここを出るよ。その方がよさそうだ。」


マリ:「ならこっちは大丈夫だ。監視と防衛は万全にしてある。今襲われても一日耐える事ぐらいはできる。」


カズマ:「ありがとう。それを聴いたら少し安心した。」


マリ:「・・・」


カズマ:「どうした?」




マリはカズマの事を愛おしくなった。


だがそれを言ってはいけない。


また自分を抑えられなくなる・・・




マリ:「いや・・・なんでもない。マナは元気か?」




気を紛らわすようにマリは話題を変えた。




カズマ:「マナ?マナは相変わらずだな。ポヤーっとしてて何考えてんだかわかんねぇ。そういう所も含めてアイツは天才だよ。」


マリ:「そうか、マナもああ見えて心配性だ。他国で一人だと寂しがっているかもしれない。」


カズマ:「そういえばアイツの弱音は聞いたことがないな。そういうのは隠すタイプか?」


マリ:「私の知る限りでは悲しむところを人に見せた事がない。だが自分はいつも不安で心が安らいだ事がないと言っていた事がある。」


カズマ:「ほー意外だな。」


マリ:「いつもニコニコと無邪気な様子を見せているが、いつも周りに気を使っている。そんなアイツが一番信頼しているのがオマエだ。たまには頑張り屋のアイツを労ってやってほしい。」


カズマ:「わかったよ、ちょっとマナの様子を見てくる。」


マリ:「ああ、じゃあそっちを出発する頃また連絡をくれ。」


カズマ:「夜明け前に連絡して大丈夫か?寝てるんじゃないのか?」


マリ:「今日は私は徹夜で警備だよ。ドグマもそうだ。」


カズマ:「わかった。根詰めないようにな。」




そう言うとカズマはマイクを切り、マナの部屋へ向かった。


護衛達はカズマの後をついてきたが、マナの部屋には近づいてこなかった。


カズマはマナの部屋の扉をノックした。


コンコン。


マナは扉を開けるとカズマが目の前に現れたので驚いた。




マナ:「ど、どうかしましたか?カズマ様。」


カズマ:「いや、一応明日の打ち合わせをしたくてな。今大丈夫か?」


マナ:「大丈夫です。どうぞ。」




マナはカズマを部屋の中に入れた。


マナの部屋はカズマの部屋よりも広くて天井にはシャンデリアがついていた。


カズマは部屋の中央にあるソファーに座った。


マナは部屋にあったお茶をカズマに出し、向かいのソファーに座った。




カズマ:「えーと、今後の予定だが、夜明け前にここを立つので早めに寝ておいてくれ。時計は持ってるか?」


マナ:「ははははい、カズマ様にいただいたのを持ってきてます。」




そういうとマナは腕時計を見せた。




カズマ:「よしそいつでいうと5時には出発できるように準備してくれ。5時にそこの大広間に集合だ。この事をヒデ国王だけに伝えてくれ。他の奴には内緒でな。」


マナ:「わかりました。」


カズマ:「そういうわけで俺はもう寝る。お茶ありがとうな。」




カズマはそういうとソファーから立ち上がった。




カズマ:「あ、それからえーと・・・今回Dシェルターに案内してくれて助かった。オマエのお陰で交渉もスムーズに進んだよ。俺との旅だと色々気を使っただろうな。ありがとうな。」


マナ:「カズマ様・・・」


カズマ:「前から思ってたがオマエのサポートのお陰で俺の意志が皆に伝わった。他の誰にもマネできない事だよ。本当に感謝している。これからも頼むな。」




照れくさそうにカズマがマナを労うとマナはボロボロと泣き出した。


カズマはあわててマナをなだめる。




カズマ:「おいおい、泣かんでもいいって。泣き虫だなぁ・・・」


マナ:「うううぅ~・・・わたし・・・とっても・・・とっても・・・うううぅ~・・・」




マナは言葉が出ないほど泣きじゃくっている。


マナの肩に両手を置き、カズマは優しく声をかける。




カズマ:「とっても不安だったんだよな?」




マナがコクコクとうなずく。


普段のマナは優秀であるがゆえにその不安を人前に出すことを抑えていた。


カズマの労いで抑えていた感情が噴き出した。




カズマ:「今まで我慢してくれて本当にありがとうな。」




カズマはマナにハグをするとポンポンと背中を軽く叩いた。


マナはしゃくりあげながらカズマの肩に顔をうずめる。


マナが泣き止むとカズマはマナから離れた。




カズマ:「ヒデ国王には俺から話をしておく。オマエはもう寝てくれ。疲れただろ?」


マナ:「大丈夫です。わたし・・・」


カズマ:「目が真っ赤だよ。そんなんじゃ俺がオマエをいじめたと思われてしまう。俺に行かせてくれ。」




カズマが苦笑してそう言うとマナは引き下がった。




マナ:「じゃあお言葉に甘えさせていただきます。おやすみなさい。」


カズマ:「ああ、おやすみ」




カズマはマナの部屋を出ると、護衛達にヒデ国王との面会をお願いした。


護衛達が急いでヒデに知らせるとヒデはカズマの部屋に飛んできた。




ヒデ:「カズマ様なんの御用でしょうか?何か不備がございましたか?」




ヒデの慌てぶりにカズマは苦笑した。




カズマ:「いや、申し訳ないが夜明け前にサンライト城に帰る事にしたんでその連絡を・・・」


ヒデ:「なぜですか?何か国民が失礼な事をしたのでしょうか?」


カズマ:「そんな事ないです、落ち着いてください。」


ヒデ:「ああ、この窮屈な部屋のせいですね?あなたの事が知られないように一般の部屋にしたのがお気に召さなかったのでしょうなぁ。申し訳ありません。すぐに最上級の部屋をご案内します。ですから何卒ご容赦ください。」




もはやヒデは完全にカズマを勇者扱いしようとし始めている。


やはり長居は無用だな・・・そう思ったカズマは思い切りぶっちゃけることにした。




カズマ:「正直に言おう。もう気づいているだろうが俺は伝説の勇者だ。だがそれは決して誰にも言うな。国民が勇者到来の噂をしているのは知っている。俺を一目みようと部屋の外にひとだかりができていたことも知っている。護衛をつけてくれたから人払いはできたが、ここに勇者がいるということを証明したようなもんだ。朝まで待ったら面倒な事になるのは目に見えている。今すぐにでも城を出たいがそれだとこっちの身がかなり危険になる。いいか?頼むからこれ以上面倒な事をしないでくれ。」


ヒデ:「そんな・・・」




ヒデは今にも泣きそうな顔をしている。


カズマは少しかわいそうになったがミツの前例もあるので冷たく言い放つ。




カズマ:「いいか?夜明け前には俺たちはここを出ていく。今からもう寝るので静かにしてくれよ。」




そういうとカズマはヒデを部屋から追い出し、鍵を閉めた。


やや胸が痛んだが仕方がなかった。


心を鬼にして出発の準備をすすめるとカズマはベッドに横たわった。




『何だ・・・?何が不安なんだ俺は・・・』




コンピュータールームで見たアレクの映像がカズマの脳裏に焼き付いて離れなかった。

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