第十三話 やっぱり松阪牛は最高級……ですわっ!
「うわマジかよ……」
志賀郷の部屋は鍵がかかっておらず、誰でも中に入れる状態だった。いくら人々を寄せ付けないボロアパートとはいえ不用心にも程があるじゃないか。今度注意しておこう。
しかし問題はここからだ。果たして志賀郷は部屋にいるのだろうか。居たとしても、学園の華とも呼ぶべき美少女の住処に勝手に入って平気なのだろうか……。
とはいえアンロックされている部屋を放っておく訳にもいかないので、志賀郷の存在確認
をするだけという名目で俺は中に足を踏み入れることにした。
「お邪魔……します」
扉を開けて、部屋の奥を覗く。すると衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
まず、志賀郷は部屋にいたのだ。しかし俺の侵入に全く気付かず、彼女は布団の上でぐっすりと眠っている。ただ――
「…………っ!」
俺は思わず息を呑んだ。うっすらと寝息を立てる志賀郷の姿があまりにも美しかったからだ。
芸術的、と呼ぶべきなのだろうか。無造作に散らばる金色の髪が神々しく見える。更に羽織っている薄手のパジャマが若干はだけており、肩の部分が色気と共に露出していた。誰でも入れるフリー状態の部屋でこの姿は――あまりにも無防備過ぎると思うぞ。
俺はその場に立ち尽くしたまま視線を奪われたが、
一先ず彼女のすぐ脇まで近付いて、どうしたものかと悩む。大声を出して起こそうとしたら近所迷惑になるし、体を揺すったら思わぬ誤解を生み出しかねない。相手がとんでもない美少女兼(元)金持ちだけに対応が困る。
「ノート……?」
柔らかな表情を浮かべる志賀郷の枕元に一冊の大学ノートが置かれていた。起こし方に悩んだ末の現実逃避なのか分からないが、何の変哲もないそのノートが俺は気になった。
学校で使うものならわざわざ枕元に置かないだろうし、大事なものは常に近くに並べたいという心理から考えると、ただの紙束には思えない。プライベートな情報が詰まってる予感がプンプンするぞ……。
しかしながら許可無しに盗み見るのは性格が悪い。まずは志賀郷を起こしてから――と思ったのだが。
「むにゃ……米沢牛のヒレステーキ五百グラム……ですわ……」
割と大きめの声量で寝言を放ちやがった。いきなりだと心臓に悪いからやめてくれ。しかも夢まで飯が出てくるとは……筋金入りの食欲嬢だな。
呆れを通り越して尊敬すらする志賀郷を眺めつつ、意を決して彼女を起こすことにした。少し声を掛ければ起きるだろう。…………多分。
「志賀郷、遅刻するぞー」
やや力を込めて呼び掛けたが反応は無い。なんなら微動だにしない。気持ち良さそうに寝息を立ててやがる。
「はよ起きるんじゃあああ」
先程よりも声を大きくしたものの、志賀郷は全く動じない。本当に眠る人形と化したんじゃないか……?
しかし困ったな。普通に呼んでも起きないぞ。こうなったら志賀郷の大好きな食べ物で反応するか実験してみよう。
どうせ聞こえてないだろうし、言っても無駄だろうと思いながらも俺はわざとらしく叫んでみた。
「あー! 目の前に特上Aクラスの松阪牛がー!」
「なんですってーっ!?」
なんと飛び起きた。まるで大地震があったかのような勢いで飛び起きたぞ。マジか。
「お前本当に金持ちのお嬢様だったのかよ……」
まるでタイムセールに駆け付ける主婦並みの瞬発力だったからな。先着百名様の特価品とか余裕で手に入れそうな勢いだよ。
「私は大富豪系美少女ですわ……。それよりも松阪牛は……。私の松阪牛はどこに行ったのですか!」
まだ寝ぼけているのか知らんが、半目で辺りを見回す志賀郷。しかし俺がすぐ真横にいる件については気にならないのだろうか。それこそ松阪牛が突然登場するより驚くと思うのだが。
「早く着替えて学校に行くぞ。時間が無いんだ」
「松阪牛……」
「いやどんだけ食いたいんだよ」
寝起きで肉とかハードだな。腑抜けた顔でこちらを見つめる志賀郷を俺は苦笑いで返す。
「あれ、でもどうして狭山くんが私の部屋に……?」
「今更ですかい」
ようやく意識が覚醒してきたのか、半目だった志賀郷の瞳が一気に見開かれた。さて、ここからどう言い訳しようか。
「なっ……! まさか寝ている私を襲って――」
「ちげぇよ、襲わねぇよ」
以前からではあるが、志賀郷は俺をなんだと思ってるんだ。性欲だらけの男子高校生という認識なのだろうか……?
「でも私のパジャマが少し乱れているような……。一番上のボタンも外れていますし」
「安心しろ。それは元からだ」
寝相が悪いのか、だらしないだけなのか……。可憐なお嬢様のイメージが強かった志賀郷が日に日にズボラな印象に塗り替えられている。
「そうですか……。では狭山くんの言葉を信じるとしまして…………着替えるので部屋の外で待っていただけますか?」
「あぁ、了解」
仕切りのひとつも無いワンルームだから、このままでは志賀郷の生着替えを間近で目撃することになってしまう。そんな変態行為を犯したくはないので俺はさっさとアパートの外通路へ退散する。しかし、玄関のドアノブに手を掛けたところで志賀郷に呼び止められた。
「狭山くんの部屋に食パンはありましたっけ?」
「何枚かあるけど……なんで?」
どうせ「腹減ってるから食わせろ」等と言ってくるに違いないが、一応聞き返してみる。
「私、一度やってみたい事がありましたの。学校に遅刻しそうになった時に食パンを咥えてダッシュするアレですわ!」
「……アニメで良くあるヤツか」
実際にやってる人は見たことないけどな。普通に恥ずかしいし。
「では狭山くん。早速食パンを私に献上するのですわっ!」
「喋ってる暇があったら仕度しろ。時間が無いんだよ」
腰に手を当てて得意気な顔をする志賀郷を冷めた目で返し、俺はそそくさと彼女の部屋を後にした。
ちなみに食パンを渡すつもりは無い。働かざる者食うべからず。食べたかったらバイトをしろと言うつもりだ。
それから十五分ほど待つと、制服姿の志賀郷が現れた。
何か食わせろと駄々をこねる志賀郷をなんとか宥めさせ、学校までの道程を最短スピードで走り抜けたものの、時間には間に合わなかった。
結果として、志賀郷はクラスメイトから心配され、俺は担任教師からの大目玉を食らう羽目になった。同じ遅刻なのに扱いの差が生まれるのは不満ではあるが、それだけ志賀郷の存在が特別なのだろう。お嬢様というブランドイメージは、俺以外の人間にはまだ崩れていないようだ。
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