第107話
「えっとその……泉さん?」
「なんですか? 好きな子をイジメるタイプの人」
好きな子をイジメるタイプの人。
すごい言われようだ。掛け合いだって彼女から振ってきたのに。濡れ衣にもほどがないかな?
まあ、この際八つ当たりは甘んじて受け入れますよ。さすがの僕もやり過ぎたと思うし。
まさか砂川くんの本命だと信じて止まない泉さんに「健吾くんが一途なわけないもんね」とツッコむ日が来ようとは思いもよらなかったよ。
猛省が必要だ。
「実はその……非常に申し上げにくいことなんですが」
「なんですか? はっきり言えばいいじゃないですか。間抜けなピエロである私のことなんてもう見ていられないと……ぐすっ」
目に涙を浮かべて鼻声で言う泉さん。
父性をくすぐるその姿を視認した僕はできる限り優しい笑顔を浮かべてこう告げた。
「そろそろ戻りますね僕」
「いやああああああーっ! 行かないで翔太さん! お願いです! 後生のお願いですから!」
「いや、あの、ちょっ……!」
なんと泉さんは僕の足にしがみつくように制止してくる。
健吾くんの恋人の前で彼をイジるだけイジって戻ろうとしているんだから、分からないこともないんだけど、時と場所を選んでいただきたい!
凄腕エージェント、デビットソン田中にもキャパというものがありまして。
「私を捨てるんですかデビットソンさん! 貴方なしでは生きていけない身体にしておいて!」
「忠告はしたじゃないですか! 僕に近付いたら(ダブルデートに潜入したら)火傷するって!」
「火傷⁉︎ 火傷で済むと思っているんですか! こんなの生殺しですよ! いっそ人思いにズバッと殺ってくれた方がよっぽどマシです!」
「じゃあはっきりと申し上げますが――今の泉さんは見ていられません」
「うぐっ……!」
強い口調でそう告げた途端、まるで胸を撃たれたようにおさえる泉さん。
あれ、なんでだろう。周囲の視線が痛い。
なんか僕、敵意を一身に集めている今?
「僕には(荷が)重た過ぎるんですよ(泉さんの健吾くんへ向ける)愛が」
「うっ……うっ……そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」
ハンカチを口で咥えながら愛らしい瞳を向けてくる泉さん。やっぱり保護欲を掻き立てられるけれど、僕は心を鬼にする。
「もう帰った方がいいんじゃないですか?」
「はううっ……!」
「これ以上僕と一緒にいたら傷付くだけですよ」
「そんな……翔太さんにまでそんなことを言われたらわたし、わたし……!」
なんてやり取りをしていたら突然、奥の席に座っていた女子大生らしき人が立ち上がり僕の方へズカズカ寄ってくる。
どうしたんだろう? もしかして泉さんの知り合いかな? なんて脳を掠めた次の瞬間、
――パチンッッ!
ぶたれた。誰が? そんなの決まってるじゃないか。僕だよ。
「なんで⁉︎」
いや、そりゃそうでしょ! なんで⁉︎ なんで僕は見ず知らずの女子大生から頬を平手打ちされなきゃいけないの?
むしろ泉さんが傷付かないよう配慮したつもりなのに。なんで僕がぶたれたの?
「地味面のくせに調子乗ってんじゃないわよ!」
はい意味がわかりません。よく分からないけど突然の罵倒タイムです。
赤くなっているであろう頬をさすりながら涙目で女子大生を見つめる僕。
「お父さんにもぶたれたことないのに!」
――パチンッッ!!
今度はさっきと反対の頬に紅葉の型がつく。
何が起きているのか、本当に理解しきれない僕だけど、これだけは言っておかなければ死んでも死にきれない気がした。
「二度もぶった!」
泉さんは机に突っ伏し「ぷっ……くすくすっ」と息を殺すように笑っていた。
僕はぶたれるまでの言動を思い返してみる。
――ああそういうことか。めちゃくちゃ印象が悪いクズ男じゃないか⁉︎
なんでだよ! いつからこんなキャラに似合わない評価になっちゃってるのさ!
余談だけれど、この後、僕をぶった女子大生の誤解は泉さんが一緒に解いてくれました。
ひどいよ……あんまりだよ……。
僕のソウルジェムはドス黒く染まりかけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます