第106話
夏川雫&高嶺繭香
姿見の前に立った夏川は身だしなみを再確認していた。
偽装カップルをしていたときは他人からどう映るかということだけを意識していたのに対して、
(どっ、どうしよう。もう一度グロスを塗っておいた方がいいかしら)
小森翔太の目からどう映るのかだけを気にしている様子。
頬のツヤ、まつ毛、ナチュラルメイク、丁寧に手入れされた髪など。
夏川のチェックポイントは全て容姿に関わるところばかり。
百パーセント、否、百二十パーセントの自分を見てもらいたい一心から来るものである。
しかし姿見から全然離れようとしない彼女に苛立つ女が一人。
もはやそれが誰かは言うまでもないだろう。高嶺繭香である。
(チッ……さっきから鏡と睨めっこしてんじゃねえぞ。ポーズを決めたり、髪先をいじったり……マジで恋する乙女じゃねえか!)
と不快そうに顔が歪ませる彼女ではあるが、
(なっ、嘘だろ! ウェーブが取れかかってやがる)
姿見に映るパーマが外れかかっている髪を視認し、慌てていた。
彼女もまた鏡と睨みっこせずにはいられない様子である。
女子トイレに無言のプレッシャーが漂う。
((それにしても――))
牽制し合う二人ではあるが、どうやら同じことが引っかかっていた。
それはつい先ほどの占いのことで、
(一緒にいてすごく楽しい、気の置けない異性って誰ええええええええええええええええええええええええええっー⁉︎)
(一緒にいてすごく楽しい、気の置けない異性って誰だよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっー⁉︎)
そう。小森翔太に潜む女の影である。
むろん、それは彼から直接発せられた言葉じゃなく占い師から告げられたものである。ただの戯言――当てずっぽうということも十分考えられる。
しかし、二人が気になっているのは、
((誰がどう見ても反応が図星だっただろ/じゃない!))
そう。小森翔太の過剰な反応である。
温和な彼が会話を中断、話題を逸らすためにわざわざ机を叩き怒りを示したのだ。意中の相手の意外な一面に恋する乙女たちが戸惑わずにいられるわけがない。
((高嶺さんは/夏川の野郎は――))
(翔太くんのお気に入りを知っているのかしら?)
(小森のお気に入りを知ってんのか?)
数秒前まで視線さえ交えなかった二人のそれが合ってしまう。
互いに窺うような素振り。互いが互いを意識するというラブコメの定番のような光景。
神々は叫ぶ。「こんなベタな展開もあるのか!」と。
「「ごほん」」
バツが悪くなった二人は咳払い。
姿見に映る己を気にする素振りを続けながら思考にふける。
ちなみに彼女たちは洗面所の両端を占拠しているため、他の客は必然的に空いている真ん中になる。
中には行儀の悪いやんちゃなギャルが「チッ」「邪魔」などと夏川と高嶺に怒りを示すが、その言動に「「あ″っ?」」という鬼のような形相と圧で挟まれるため、すごすごと退散していく。
(翔太くんに仲の良い異性がいることはチャンスでもある一方、ピンチでもあるわよね? もしこれで高嶺さんが翔太くんに正体を迫り、束縛するようなら関係が悪化する可能性もある。不謹慎ではあるけれどそれは私にとっては有利に働くはず。とはいえもしも――)
(小森に私以外に仲良くしている女がいるってのは、夏川にもそれなりの衝撃を与えたはずだ。恋愛偏差値が幼稚園児の女だ。焦ってサイボーグクロちゃんになり、空回りするだろう。それは私にとっては有利に働く。とはいえもしも――)
((――その一緒にいてすごく楽しい、気の置けない異性とくっ付いてしまったら勝てる気がしない!))
(小森がキレて存在を有耶無耶にするぐらいの女だ。もしかしたら元カノ・今カノの存在を隠し通している可能性もある。むろん
今回ばかりは推理が明後日の方向の高嶺。
しかし、彼女たちの中で最も鋭い人間ということもあり、この推測が誤りだと気付くのにさほど時間は掛からなかった。
(いずれにしても焦っちゃダメよ夏川雫。翔太くんに確認するチャンスならこのあといくらでもあるんだから。なにせこのあとは健吾が細工した――)
何やら不穏な空気を漂わせる夏川。
このダブルデートの結末はもはや神にすら予想がつかないものに発展しつつあった。
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