第86話

「寝取られに興奮って……あんまりふざけたこと言わないでください。ぶっ殺しますよ」

「ごっ、ごめんなさい。変なことを言っている自覚はあるんですが――って怖いな! いまとんでもない暴言を吐きませんでした⁉︎」


「失礼な。名前の通り天使ですよ。いたいけな乙女が叩き潰すなんて言うわけないじゃないですか。ぶっ殺しますよ」


「言ってるから! もう息をするように暴言を吐いてますから! そりゃ泉さんが激昂するのもわかりますけど」


「あっ、店員さん。彼にも超特大パフェを一つ」

 僕を無視してパフェのおかわりを注文する泉さん。

 彼にもなんて言っているけど食すのは彼女だけ。


 どうやら大食いだと思われたくない一心で編み出した注文方法らしい。

 もちろん支払いは僕。

 ……解せぬ。


「……はぁ。泉さんってスタイルいいくせに本当に大食いですよね? 一体どうなってるんです?」

 何気なく言ったつもりだったのだけれど、

「えっ? もしかして私の身体に興味があるんですか?」


「言い方! 言い方ってものがあるでしょう!」

「いやいや。今のはナチュラルにセクハラ発言ですよ。損害賠償30億を要求します」

「高すぎる!」


「えっと翔太さんの経済力は……たったの5か。ゴミめ」

「ぴえん」

「それで辻褄が合うというのは?」


「自分から話の腰を折ったくせに……」

 僕は頬を膨らませてそっぽを向く。

「まあまあそう言わず、翔太さんの推理を聞かせてください」


「……これは遭遇したことが奇跡じゃなかったことが前提です。偶然でないとすれば、砂川くんは跡をつけていたか、位置情報を共有していたかのどちらか、というのは先ほど話しました」


「はい」

「特に後者が濃厚だと思っています」

「どうして前者はないと? 健吾さんが特殊な性癖を持っていたと仮定すれなら、跡をつけていた線も十分考えられると思いますけど」


 生クリームを「あーん」させておいて、Uターンする泉さん。頬に手をおいて美味しいアピール。

 ……いやまあ、甘いものでも口にしてないとやってられないですよね。

 何というか心中お察しします。


 面と向かって泉さんにあの事実を告げるかどうかを逡巡したのち、

「決定的場面に遭遇したとき、砂川くんがマジギレしていたからです」

「うぐっ……!」


 告げた途端、さっきまで美味しそうに頬張っていたパフェを喉に詰まらせる泉さん。

 酸欠でみるみる顔が真っ青になっていく。

「ナズェミテルンディス!!」


「⁉︎」

 涙目&鼻声の泉さん。

 本当にいたたまれない!

 僕は急いで立ち上がり、泉さんの背中をさする。


「……ぐすッ」

「あの……今日はこの辺にしておきますか? 泉さんの精神衛生から考えてもこれ以上は――」

「――オンドゥルルラギッタンディスカー!」


「ああ! あまりの絶望に泉さんがオンドゥル語を発し始めたんだけど⁉︎」

 ちなみに最初が「なんで見てるんです」、次が「本当に裏切ったんですか」だ。

 背中をさすり始めてから五分。ようやく落ち着いた様子の泉さんは、


「見苦しいものをお見せいたしました」

「いや、見苦しいなんて……」

「翔太さんは病んでいく美少女が大好物でしたね。むしろご褒美でしょうか」


「前々から思ってましたけど、無理して僕を貶さなくても大丈夫ですからね⁉︎」

「……私に死ねと?」

「僕に毒を浴びせることで心の安寧をはかっていた⁉︎ なんて嫌な療法なんだ!」


「何にせよ跡をつけていた説が薄いことは承知しました。つまり、いくら特殊な性癖を持っていようが、あの場面で激昂するぐらいなら最初から止めに入っていた、そう言いたいわけですね? ……ぐすっ」


「あっ、はいそうです、はい」

 何だこれ⁉︎ 辛いのは泉さんのはずなのに、胸がめちゃくちゃ痛いんだけど! もう推理を披露するのがトラウマになりつつあるレベルだよ!


「消去法で後者――位置情報を共有していたのが濃厚、という訳ですか?」

「……いえ、その、消去法というわけでなく、後者は後者で理由がありまして」

「悪魔! 鬼! 鬼畜! 散々私を弄んでおいて、まだ何かあるんですか⁉︎」


「……今日はこの辺にしておきますか?」

「ここまで来たら聞きますよ全部! 逆にダメージを小分けにされる方が卑劣です!」

「それじゃお話しますけど、本当にダメになったら言ってくださいね? あの夜、僕は泉さんにオペレートしてもらっていたわけですが、途中で行方が分からなくなりましたよね? 夏川さんを介抱したときに水溜まりに落ちてスマホが水没したからなんですけど」


「……はい。それが何か?」

 ぶすっと不貞腐れたように呟く泉さん。そんな充血した目で睨まれましても。

「当然ですがびしょ濡れになったのは僕だけじゃありません。夏川さんも、なんです」


 その言葉に何か思うところがあったのだろう。

 泉さんの頭上にある豆電球が灯った。


「夏川さんの位置情報の発信源であるスマホが水没して、健吾さんが追跡できなくなった。それもラブホ街を歩いているところで。そこで私と同じように駆けつけたところ遭遇してしまった、と。なるほど。それは理解できました。けどそれでどうして健吾さんが寝取られに目覚めているなんて思ったんです? 位置情報だけを見ていたなら、見失ったところまで駆けつけて、例の場面に遭遇。翔太さんを襲いかかった――という流れですよね?」


 まあ普通はそういう発想だよね。砂川くんが寝取られ好きなんて発想には至らないと思う。

 だけど僕は――僕だけが知っていることがある。砂川くんと夏川さんは倦怠期だということを。

 普通の恋人関係では刺激が足りなくありつつあると。

 

 もちろん夏川さんの口から砂川くんと上手く行っていないことを泉さんに伝えるのは、違う気がする。というか何が正解かなんてもはや僕にもわからない。

 けれどちょっとした疑惑を抱いていることも事実で。


 もしかすると僕は砂川くんと夏川さんの特殊プレイに付き合わされた可能性も疑い始めていた。

 いや、わかるよ。二人がそんなことをしそうに無い人たちだってことは。

 だけどなんていうの……こーう、倦怠期を解消するために新たな刺激を求めて新ジャンルに挑戦! みたいな気もしていて。


 もちろんこれはただの憶測に過ぎないわけなんだけど……あの夜、砂川くんは盗聴器か何かで会話を途中まで聞いていたんじゃないかな、とも恐れながら思っておりまして。


 いやいくらなんでも思考が突飛すぎるだろ、というのはごもっともなんですけどね?

 とはいえ、これをどう泉さんに説明したものか。ぶっちゃけ勘です! が答えなわけだけれど……。


 説明の流れを頭でねり繰り回していると、僕のスマホが振動する。

 メッセを2件受信していた。

 僕は連絡を確認することを泉さんに断り、アプリを起動すると、


 夏川雫:先日はごめんなさい。どうしても健吾がお詫びしたいということで今週の休日、。予定はどうかしら?


 高嶺繭香:夏川さんからダブルデートのお誘いがあったんだけど翔ちゃんの予定はどう? せっかくだからみんなで遊びに行かない?


「……はっ?」

 画面を見た途端、視線が滑り落ちる僕。

 文字は読めるし、

 なんだこれ?


 とっ、とにかく泉さんにだけは絶対にバレてはいけない。

 そう強く思えば思うほど僕は顔色に出るらしく。

 追及され続けた結果、例のごとく押し切られ公開してしまう僕。

 

 メッセを見た泉さんは、

「ブンベイア、ザゲラレナイノガ!」

 運命は避けられないのか! とおっしゃられていた。

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