第87話

 夏川雫と高嶺繭香が小森翔太をダブルデートに誘う少し前のこと。

「というわけで高嶺さん。貴女に挑戦状を叩きつけていいかしら?」

 

 まるで『ファイナルベント』と電子音が聞こえてきそうな切り出し。

 高嶺繭香は葬られる死刑宣告を受けたように身構える。


「……挑戦状?」

(ここまでだけでも怒涛のカミングアウトだってのにまだ何かあんのかよ? クソがッ! こちとら小森に惚れさえいなければ『どうぞ、どうぞ』なんだよ! どこで選択を誤った⁉︎ これが惚れた弱みってやつか? なんか違くねーか⁉︎)

 

「これから私は健吾と上手く行っていないアピールをさせてもらうわ。その上で翔太くんに気持ちが傾きつつあることもそれとなく伝えるつもりよ」


「さっきから勝手に話を進めているけど、夏川さんのやろうとしていることは最低だよ? 彼女持ちの男の子を誘惑するってことだよね?」


 むろん小森を利用しようと接触した高嶺に怒る資格はなかった。

 小森と高嶺が本当のカップルであったならば、ドロドロとした愛憎劇に発展する可能性もあっただろう。


 しかし、二人は偽装カップル。夏川に小森を渡さないよう、ストーカー被害という現実をでっち上げて成り立っている。ただの偽物である。

 現在の高嶺にとってそれらは負い目に感じていると同時に、弱味にもなっていた。


 もちろん対外的に小森と高嶺は恋人関係である。

 校内トップの美少女から彼氏を誘惑するなどと告げられたならば激昂の一つぐらい見せるだろう。

 しかし、高嶺は偽装カップルフェイクだということだけは絶対に漏らしたくない様子。ここで怒りを露わにすることで弱味が露呈することは避けたかった。まさしく女のプライド。バレることなく本物の恋人関係になりたいと意気込んでいた。


(あれ……ちょっと待てよ。状況を整理するとめちゃくちゃ不利なのか? 夏川は小森の気を引くためにわざわざ偽物の彼氏を用意してくる女だ。しかも堂々と略奪宣言をしてくる肝っ玉もある。もしも何かの弾みであのハートの強さが小森への告白に繋がちまったら――ましてや私たちが偽りの恋人だとバレちまったら……やべえ、やべえ、やべえ! いつの間にか本格的に追い詰められているのは私の方じゃねえか⁉︎ えっ、何でこんなに脈が早くなって――? いや、いや、いや、落ち着け私! 全集中――って、やっぱり虫の息だよな⁉︎ この危機的状況を乗り越えるには本物の彼氏彼女になるしかない。そのためには当然、告白つう段階を踏まなきゃならんわけだが……いや、いきなりは無理つうか……恥ずかしいというか……ああもう、いつから私はビッチ風純情女に成り下がったんだってーの! 告白の一つや二つくらい余裕だっただろうが! なのに小森に断られちまったらとか想像したら――ああ、だめだ。泣ける。泣く自信がある)


「そうね。おっしゃる通りだわ。けれど私たちは学生なのよ? もちろん翔太くんが家庭を持っていたら私だって諦めがつくわ。生涯を添い遂げると誓った当人と相方の間に割って入ることは禁忌タブーだもの。けれど、申し訳ないけれど高嶺さんと翔太くんはそうじゃない。今はまだ、ね。それに私はいずれ翔太くんにプロボーズをするつもりなの」


(はい出ました! まさかの逆プロボース宣言! どうやら夏川の小森に対する想いは本物だ。これは私も覚悟を決めないといけないな)


「もちろん裏でこそこそするつもりはないわ。正々堂々と挑むつもりよ。差し当たってはまず、高嶺さんさえ良ければダブルデートに出かけないかしら?」


(上等じゃねえか! ちょうどいい! こっちだって引くに引けなくなってんだ。どこに連れて行くつもりか知らねえが、私も小森に告白してやるよ!)


 こうして混沌ダブルデートが幕を開けることになる。

 この結末はまさしく神のみぞ知る世界であった。

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