第65話

 ショッピングモール最上階にある高級レストラン。

 入店を渋る小森翔太を引きずり込んだ夏川雫は夜景を一瞥し、


「これはプレゼント選びに付き合ってくれたお礼よ。お金のことは心配しなくていいわ」

「いやでも――」


 現状に戸惑いを隠せない小森。

 それもそのはず。

 つい先ほどまでジャージ姿だった少女がワンピースドレスに着替えているからである。


 国宝級の美少女によるエレガントかつセクシーな衣装。まさに鬼に金棒だ。

 老若男女問わず、誰しもが夏川雫に目を奪われていた。


(つい押し切られて高そうなレストランに来てしまったけど……よかったのかな? 結局プレゼントだって決まらなかったのに。そりゃたしかにプレゼントを選んでいるときはすごく楽しそうだったけど、僕が「買わなくてもいいの?」って聞いたときなんか『何で?』みたいな顔をされたあげく『ああ、そういえばそうだったわね』なんて呟いていたんだよ? 僕の意見なんて全く参考になっていないじゃないか。そんな有様でお礼? というか――)


 脳内で疑問符を浮かべる小森翔太だが、夏川雫の完全体をチラ見すると、


(――ダメだ! 本気になった夏川さんは別格すぎる! これはもう女神の領域じゃないか⁉︎)


 今でこそポンコツぶりを発揮している彼女だが、こと外見だけは絶世の美女。

 女に免疫がない草食系男子、小森翔太には刺激が強過ぎたようだ。


 しかし、忘れてはならないのはこの場にいるのは


(作戦成功。どうやら姉さんのに言葉も出ないようだな。ジャージからの漆黒のワンピースドレス。このギャップの威力は凄まじいはずだ。なにせ中身は千年に一度の美少女。ど肝を抜かれているに違いねえ。ここからさらに追い込みをかけてやる。まずは――)


 大橋健吾は不敵な笑みを浮かべながら、

『「――ここからは姉さんにぴったりの殺し文句を使う。そのためにも話題を誘導しなくちゃならねえ。だから優雅にディナーを食べながらこう聞くんだ」』


 イヤホンから新たに飛んでくる指示に夏川雫は、

(なっ! 正気⁉︎ いくら女性が活躍する時代になったからってそんなの言えるわけないじゃない! それを告げたら私は家庭よりも仕事を選んだ女になるのよ? 翔太くんとイチャイチャラブラブの生活を送りたい本音とは正反対じゃない!)


 マイクの先にいる姉の絶句を感じ取る大橋健吾。

 彼の舌は止まらない。

『「驚いて言葉を失うのも無理はねえ。だが俺を信じろ姉さん。この殺し文句は必ず刺さる。今日のデートを思い出してみろ。俺の指示に従って間違ったことが一つでもあるか?」』


 弟の問いに熟考する夏川雫。

 彼女の中では壁グイによる接触が至福過ぎたのか。弟は間違っていなかったと認識した様子。

 やがて彼女は決意する。


「小森くん……一つだけ聞かしてもらえないかしら」

「えっ、あっ、はい。何でしょうか」


 夏川の緊張が感染うつった小森は食事の手を止めて次の言葉を待つ。

 数秒の沈黙のあと、

「将来は何になりたいの?」


 突然の問いに一瞬戸惑う様子を見せる小森翔太であったが、彼の中で明確な答えがあったのだろう。

「実は僕――」と即答しようとした瞬間。


『「ストッォォォォップ‼︎ ストップです翔太さん! 何勝手に即答しようとしているんですか! さっきの質問は女の子にとってめちゃくちゃ重要なんですからね⁉︎」』


 突然の叫び声にビクッと肩を揺らしてしまうが小森。

(えっ、重要な質問?)


『「いいですか。女の子は子どもや家庭を守るため、男の子の将来――すなわち経済性を重視する生き物です。つまり夏川さんのお眼鏡に叶うためには単なる夢を語るのはNGなんですよ⁉︎」』


 泉天使の鬼気迫る声音に「あっ、はい……」と内心で頷く小森翔太。

(でも僕、公務員ですって言おうとしただけなんだけど……)


 一方、泉天使は頭をフル回転させていた。

(この問いにおける最適解は難しいかも……だって夏川さんって「年収は最低でも二千万円以上の男」とか平気で言いそうなタイプだし。でも翔太さんは将来バリバリ稼ぐタイプの男の子じゃない――と思う。どちらかと言えば安定した収入以上の稼ぎは見込めないものの、家庭や育児にはすごく積極的で夫婦円満なタイプ。そもそも夏川さんほどのスペックなら男の子以上に稼げるはず。となれば翔太さんが極振りすべきなのは仕事じゃなくて――)


『「夏川さんの質問にはこう答えてください。僕は――」』


 泉天使の指示が耳に入る小森。

(ええっ⁉︎ 嘘でしょ! いくらなんでもそれはマズいんじゃない? 堂々とそんなこと言ったら引かれてしまうんじゃ……いや、今は女性が活躍する時代だし、その職業の人を馬鹿にするつもりはないけどさ……)


 さらに大橋健吾も脳をフル稼働する。

(小森翔太は女殺し。間違いなくヒモとしての適性がある。一方、夏川雫姉さんはハイスペック美女。将来はバンバン働いて高収入を叩き出すだけの才能は持ち合わせている。とくれば小森に刺さる殺し文句は一択。よし。ここで決めてやる! いくぞ――!)


『「今だ姉さん!」』『「今です翔太さん!」』


「私は専業主夫になってくれる男を探しているのよ」「僕は専業主夫になりたいと思っています」


((――えっ?))

 驚くほど息ぴったりで言葉がかぶる夏川雫と小森翔太。

 何を言われたのか理解が追いつかない彼らは頭に疑問符を浮かべていた。


 一方、大橋健吾&泉天使ペアは、

((よし! 決まった!))

 遠く離れた先でガッツポーズをしていた。

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