第59話
【
面白いこと、おかしいこと。常識を外れていて馬鹿馬鹿しいこと。
小森翔太を取り巻く環境はまさにそれだった。
『「こちら泉。聞こえるか翔太二等兵」』
「色々言いたいことはありますが、とりあえず声は聞こえます」
『「うむ。感度良好、と。それではこれから夏川雫攻略作戦を開始する。準備はいいか」』
「……めちゃくちゃノリノリですね泉さん」
『「私のことは上官と呼びたまえ」』
ワイヤレスイヤホンとピンマイクを購入した小森翔太はそれらを身に付けて待ち合わせ場所へと向かっていた。
一方、泉天使は喫茶店。パフェを片手に通信可否をチェックしていた。
彼らが遠隔地で会話できる仕組みはシンプル。
小森翔太の胸ポケットに収められた携帯のイヤホンジャックにはピンマイクが備え付けられており、そこで拾われた音声はアプリで連絡先を登録した泉に流れる仕組みである。
つまり彼女は小森と夏川の会話を確認しながら、自身もピンマイクから言葉を発せられる。その音声はワイヤレスイヤホンをはめた小森の耳に届くというわけだ。
端的にいえばインカムである。
このとき泉天使に見落としがあったとすれば視覚情報がごっそり抜けている点である。
――
(どうしよう。なんか今日の泉さんすごく乗り気だ。もちろんプライベートなことは通信を遮断するつもりだけど、夏川さんって大橋健吾くんのプレゼントを買おうとしているんだよね? だとすると僕に相談することも十分ありえると思うんだけど……それを聞いて泉さんが発狂しないかな。それだけが心配だ)
どこか不安げな様子の小森翔太。
悪い予感ほど的中することを彼はまだ知らない。
『「冗談はここまでにしてそろそろ待ち合わせ場所に着きましたか?」』
「ちょうどいま待ち合わせの階にエスカレーターで向かっているところです。待ち合わせ場所は上がってすぐのお店らしいです」
『「ラジャー。健闘を祈っています翔太二等兵。それと合流後の第一声はちゃんと覚えていますね?」
「うん。夏川さんの「待ちましたか?」に対して「ううん。僕もいま来たところ」ですよね……でも本当にいいんですか? 泉さんとアウトレットモールで合流したときは減点されてませんでしたっけ」
ちなみにその際、小森翔太は泉天使から、
「そこは『三時間前に着いてましたよ。いつまで待たせるつもりですか!』と言って『今日のデートすごく楽しみにしてくれてたんだ』とキュンキュンさせるところですよ?」
と注意されていた。
『「ああ、それは私が失念していただけですよ」』
「失念?」
『「はい。そもそも翔太さんにキュンキュンする女子なんてこの世にいなかったことです」』
「ひどい!」
『「ですので事前にレクチャーしたとおり「僕もいま来たところ」で大丈夫です」』
「……本当ですか?」
怪訝な表情をする小森翔太。
やがて彼は乗っていたエスカレーターが上の階に到着すると信じられない光景を目にする。
なんと数メートル先に――。
「こちら小森二等兵! 上官! 応答願います上官っ!」
まるで本物の戦場に足を踏み入れてしまったかのような反応。
イヤホン越しでも
『「どうした⁉︎ 何があった⁉︎」』
「夏川さんが……夏川さんが――」
――
一見、彼の言葉は大したことではない。
しかしこれは小森翔太と泉天使にとっては首を傾げずにはいられないことなのだ。
なぜなら、
『「翔太二等兵。待ち合わせの時刻を言ってみろ」』
「二十時です」
『「ではいまの時刻は?」』
「十九時です」
『「なんでよ⁉︎ なんで待ち合わせの一時間前に翔太さんを向かわせたのに、すでに夏川さんが待っているんですか! 意味がわからないんですけど! ちゃんと説明してくださいよ!」』
「ええっ⁉︎ それを僕に求めます⁉︎」
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