第48話

 高嶺 繭香


 午後十三時。私は大好物のチーズが楽しめるレストランの前にいた。

 先日オープンしたアウトレットモールとあって周囲は人で埋め尽くされていた。

 チッ。小森のやつ……女の私を待たせるとかどういう神経してんだよ。


 偽装とはいえ一応デートに誘ってやってんだから先に並んどけっての。

 なんで男のお前の方が遅刻してんだよ。

 そんな不満を口にしかけたちょうどそのとき。


『繭姉が言ってたお店の近くに着いてるよ。大きな熊の置物の近くにいるから』


 ああん? 熊の置物だあ?

 すぐさま周囲を確認する私。

 熊の置物は……ああ、あれか、っておい!


 嘘ついてんじゃねえぞ小森! 

 熊の置物には女受けの良さそうな男しかいねえじゃねえか!

 あの野郎……自分が遅刻したからってデタラメ言ってやがるな⁉︎


 ずいぶん舐めた真似を――、

「ねえねえ。もしかして一人? 良かったら俺とお昼一緒しない?」

 チッ。イライラが募っているときにナンパかよ。


 視線を上げると見るからに軽そうな金髪の男がいた。

 見た目的に大学生ってとこか。

 ……はぁ、面倒くせえ。


 女子高生をナンパしてないで股の緩そうな女子大生でも引っかけてろっての。

「……ごめんなさい。彼氏を待っているんです」

 分かったらさっさとどっか行け。


「ええー、いいじゃん。彼女を待たせる彼氏なんか放っといてさ、俺と遊ぼうよ」

 あーもう、うぜえ! 彼氏がいるってんだろ!

 さっさと失せろよ。マジで面倒くせえ……いっそのこと本性を出しちまうか?


 ……いや、この人混みだ。どこで誰に見られているか分かったもんじゃねえ。

 クラスで高嶺繭香は腹黒なんて噂が広まるともっとだりぃか。

 しゃあねえ。奥の手を使うか。これならこいつも諦めるだろ。


「あの……私、女子高生なんです」

 どうだ。アンダーだって分かりゃさすがにお前も――、

「――マジ⁉︎ 大人っぽいから女子大生かと思ったんだけど! 全然オッケーだよ。むしろラッキー? 現役女子高生と遊べるとか最高じゃん」


 おいマジか⁉︎ こいつ頭イかれてんじゃねえのか⁉︎

 こっちは十八歳未満だぞ! まさか女子高生を食おうってか⁉︎

 ダメだこいつ! やべえ! さっさとずらかろう。こういうのは相手にしない方がいい。


「おいおいどこ行くのよ! いいじゃんちょっとだけ。ちょっとだけでいいからさ」

 あろうことか私の腕を掴んでくるチャラ男。

 反射的に声を荒げてしまう。


「触らないでよ! いい加減に――」

「――してもらえますか。彼女は僕の恋人なんです」


「「⁉︎」」


 聞き覚えのある声。しかしそこには私の知っている小森はいなかった。

 それはなにもの話じゃない。

 


 まるで親の仇でも見るような鋭い眼つき。

 陥れられた善人が闇堕ちして、刺し違えてでも復讐を果たそうとする狂人みてえだ。

 ぶっちゃけチャラ男なんかより小森が放っているオーラの方が圧倒的にヤバい。


「もしかしてあなたが繭姉のストーカーですか? もしそうなら今すぐ自首してください」

「はぁっ⁉︎ ストーカー⁉︎ 何言ってんだ! 俺はただ話しかけ――」

「――ストーカー行為等の規制等に関する法律」

 まるで空気が凍てつくような声音だった。

「ああん?」

「第三条 何人も、つきまとい等をして、その相手方に身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせてはならない」

「おい何言って……」

「第十八条 ストーカー行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。これ以上繭姉に近付くならどんな手を使ってでも罰則を受けてもらいます。たとえあなたを陥れてでもです」


 チャラ男の手をエグるように爪を立てる小森。

 初めて見るこいつの豹変ぶりに私は鳥肌が立っていた。

「やっべ……なんだこいつ。頭おかしいんじゃねえのか!」


 バツが悪くなった金髪は小森の手を振り払い逃げるようにこの場を去って行く。

 男が見えなくなるところまで逃走するや否や、

「ごめん。繭姉……」


「えっ、何が?」

「膝が笑って動けないかも。肩を貸してもらっていい?」

 お前もしまらねえ男だな本当に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る