第39話

 足りない脳みそを振り絞る僕。

 正直なことを言えば大橋健吾くんの二股疑惑は確信に変わった。

 本人の口から「雫は俺のような男がふさわしい女だと思わないか?」「こんな男を恋人にできる夏川雫はいい女だってことだ!」なんて飛び出したんだから当然だ。


 それに僕すっごい睨まれちゃったし。夏川さんに近付くなオーラがハンパじゃなかったんだから。

 とはいえそれを正直に告げていいものなんだろうか……。

 そんなことを考えているときだ。


「えっ……?」

 携帯を確認する泉さんの顔色が明らかに悪くなる。

 ただ事じゃないと思った僕はマナー違反を承知で携帯を覗き込む。


 そこには大橋健吾くんからのメッセージが送信されていた。

『大事な話があるんだ。これから会えねえか?』

 それを視認した僕の心臓はドクンッと跳ね上がる。


 ――

 いっ、いけない! いくらなんでもこれは僕の手には負えない。

 だって、さっきの今でこのメッセージはもう……。


「……私やっぱり振られちゃうんですよね……嫌だ……そんなの絶対に嫌ああああぁぁぁぁっ‼︎」

 ダムが崩壊したように涙が溢れ出す泉さん。

 感情を抑えられず「うっ……ううっ……ひっく……」と苦しそうに息をしている。


 メッセージから想起される結末があるだけにこうなってしまうのも無理はない。

 僕は過呼吸になりかけている泉さんの背中をさすりながら彼女が落ち着くのをただ黙って待つことしかできなかった。

 こういうとき僕は本当に無力だ。彼女の傍を離れないことしかできないんだから。


 大橋 健吾


 嫌な予感ほど的中するとはよく言ったもんだ。

 全身が熱くなるまで街を駆けずり回った俺に待っていたのは残酷な現実だった。

 俺の彼女、泉天使が小森にすがりつくように「……私やっぱり振られちゃうんですよね……嫌だ……そんなの絶対に嫌ああああぁぁぁぁっ‼︎」と泣き叫んでいた。


 あまりに衝撃的過ぎるその光景に俺はただ立ち尽くすことしかできない。

 一体いつから小森と天使は付き合っていたのか。接点はどこにあったのか。どうして小森が天使を振ろうとしているのか。

 頭に浮かぶのは疑問ばかり。考えれば考えるほど謎は深まっていく。


 だが俺の度肝を抜いたのは、

 小森翔太が高嶺繭香と泉天使と二股をしていたこと、そして――、


 ――泉天使が小森翔太と大橋健吾と二股をしていたっつうことだよ!


 ……もしかしたら俺はとんでもねえ誤解をしていたのかもしれない。

 心の奥隅では小森のことを特徴のない男だと思っていた。無意識のうちに見下しちまってたんだ。

 だが、こいつには男の俺には理解できない女を惹きつける魅力があるのかもしれねえ。


 でねえとおかしいだろ!

 あいつの彼女である高嶺繭香だって文句なしの美少女だった。たぶんありゃ上層クラスのリア充だろう。

 そんな彼女が小森と恋人という現実。夏川雫姉さんまで骨抜きにしてやがる。

 さらに天使まであいつ抜きには生きていけないと言わんばかりのすがりよう。

 感情を抑えられないほど惚れていると言っても過言じゃねえ……いや過言であって欲しいけど!


 でも天使のあんな感情が爆発した姿、俺でさえ初めて見たんだぞ⁉︎

 クソッ、一体何がどうなって――⁉︎

 本当なら今すぐ小森と天使の間に割って入って洗いざらい全部はっきりさせてえ!


 けどやっぱり俺は弱い男だったらしい。足が震えて一歩も前に進めねえ。

 これまで散々姉さんをバカにしちまったがどうやら恋ってのは人間を変えちまうらしい。良い意味でも悪い意味でもな。

 盲目で馬鹿になるやつもいれば、嫉妬で身を焦がすやつもいる。臆病になって目を背けるやつだって……。

 どうやら俺は最後のタイプのようだった。


 終わりを告げられるのがすっげえ恐い。乱入する勇気よりも恐怖が勝っちまってやがる。

 だから俺はを決意した。

 それもめちゃくちゃ情けねえ作戦だ。自分でもまさかここまで小さい男だと思ってなかったほどのな。


 だが俺は必ずこの作戦を成功させてみせる。自分自身のために――。

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