第38話

 大橋 健吾


 姉さんの拘束がとけた俺は桜ノ宮高校を後にした。

 校門を出たところで天使にメールを送信する。

『大事な話があるんだ。これから会えねえか?』


 二回も下校の誘いを断っちまったんだ。

 天使にはさみしい想いをさせていることだろう。

 それに小森との関係についても向き合わねえといけねえし……。


 自惚れだが天使からはすぐに返信があると思っていた。

 だが俺に待っていたのは既読スルー。

 メッセージを確認しているにも拘らず無視をされたってことだ。


 おいおいおい……何で返事を寄越さねえんだよ天使⁉︎

 嫌な汗が額を滑り落ちていく。

 いつの間にか背中はびっしょり濡れていた。


 何だこの胸騒ぎ……嫌な予感が止まらねえ。


 ☆


 小森 翔太


 全力疾走する泉さんに追いついた僕は彼女を落ち着かせるため公園のベンチに座ることに。

 余談だけれど「ぜーはー」と息を切らす僕に対して彼女は息一つ乱していなかった。

 小柄な女の子より僕の方がバテてるって……いくら何でも体力が無さ過ぎじゃないかな。


 スペックの低さにショックを隠しきれないよ。

 とはいえ今は自分の不甲斐なさに落ち込んでいる場合じゃないよね?

 僕は泣き止んだ天使さんを確認してから腰を上げる。


 とりあえず飲み物でも渡して落ち着いてもらう方がいいよね。

 甘党な泉さんのために自動販売機でおしるこをチョイス。

 さりげなく彼女に手渡すと、


「はっ?」

 バカなのこいつ、みたいな反応が返ってきた。


 よっ、よし。ちゃんと僕が予想していた反応が示してくれたぞ。

 けどおかしいな。想像していたよりずっと鋭い声音と視線なんだけど。

 やっぱりこの状況でおしるこは無いよね? でもいつぞやも超特大デラックスパフェを二つ平らげていたし、心境を察すると甘いものが欲しいかなと思ったんだけど……。


「翔太さんって女の子にモテません」

「断定⁉︎ 断定しちゃう⁉︎ ふつう『女の子にモテませんよね?』って疑問形じゃないの⁉︎」

 おしるこをチョイスしただけで冷酷な現実を叩きつけられるとは……一体誰が想像できたっていうんだ!

「でも事実モテませんよね?」


「ちくしょう! たしかに僕はモテませんけれども!」

 でもだからって断定はひどいよ! 僕にだって夢を見る権利ぐらいあるはずだ!

「……まったく。変なところで意地を張るのは良くないですよ?」


「どうして僕がたしなめられなきゃならないのさ! 非礼や不作法があったのは泉さんの方じゃないか!」

「プライドなんて実にくだらないものです。ですから翔太さんも早く人としてのプライドを捨てるべきかと」

「捨てないから! それだけは絶対に捨てないから! 人としてのプライドを捨てたら終わりじゃん!」

「残飯を喜んで食べるぐらいがちょうど良いと思うんです」


「良くないよ!」

「えっ、キレてるんですか?」

「キレてないよ。僕をキレさせたら大したもの――って、これ最近やったやつ!」


 もちろん全力でツッコむ僕。

 必死な姿がツボに入ったのか、泉さんは顔を隠しながら「ふふっ……」と笑いをこぼしていた。

 傍から見れば変だろうけど、僕と泉さんの関係性がボケとツッコミ漫才師みたいで良かったよ。


 おかげで口下手な僕でもこうして彼女の気を紛らせてあげられるんだから。

 それに僕は泉さんの毒舌は本心じゃないと確信していて。

 たぶん僕をからかうための冗談なんだと思う。


 いや、なんで脇役モブのお前に女心が分かるんだよとツッコまれたら返す言葉がないんだけどね?

 でもそのなんていうか……。

 毒を吐かれても嫌な気持ちにならないというか。


 僕|(たち)にとってちょうど良い塩梅というか……。

 まっ、言葉では上手く言えないだけどさ。でもほらあるじゃん。馬が合うっていう表現が。

 そんな感じなんだと思うんだよね。我ながら何言ってだ、自惚れてんじゃねえって気もするんだけどさ。


「からの?」

「からの⁉︎ いや何もありませんけど⁉︎」

「アドリブもダメ、と。やはり翔太さんはモテません」


「くっ……! 心に刺さる直球だ!」

 まぁそりゃそうだよね。この状況でおしるこを渡す男がモテるわけないか。

 涙で喉が渇いているはずだし、水なんかの方が――、


「あっ、美味しい」

「いや、飲むんかい!」


 なんかすっごくナチュラルにツッコんじゃったよ!

 それにさすがの僕もおしるこチョイスはだよ?

 彼氏が目の前で堂々と二股を認めたわけだし、天使さんの心の傷はさぞ大きいと思って。


 だから文句でも不満でもいい。それを僕にこぼすことで少しでも気晴らしになればと思ってたんだけど……。

「傷心の女の子に甘いものを渡しておけばいいだろうという、その浅はかな思考がもうダメですよね」

「返す言葉もない……」


「冗談は顔だけにしてもらいたいものです」

「毒強くない⁉︎」

 いや、ある意味作戦成功なんだけどさ! 


「あれ? でもこうして手で隠すと意外とイケますよ翔太さん」

 なんて言って泉さんは僕の顔を手をかぶせ――、

「あれ? こういうのって鼻や口だけ隠すものじゃ……? 両手で顔全てを隠されているんですけど……」


「現実は残酷ですね」

「残酷なのは泉さんの毒舌ですよ!」

「…………はぁ」


 おっと。盛大にため息を吐かれてしまった!

 やっ、やっぱりさっきの今でこのやり取りはマズかっただろうか。

 どっちかって言うと僕が泉さんに罵倒されるように誘導したようなもんだし……。


 どうやら泉さんはそんな僕の気遣いに気が付いているらしく、

「えっと……ありがとうございます。私を追いかけて来てくれて。それとワザとおしるこをチョイスをしてくれたところもポイントが高いですよ」

「そっ、それはどうも」

 やっぱりバレてたか。


「それでその……さっきのあれどう思います?」

 どう思いますだって⁉︎

 その質問はこれまで恋愛相談なんてされたことがない僕にとってあまりにレベルが高過ぎるんだけど!

 どう答えろと⁉︎

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