第5話
夏川 雫
嫉妬という感情がよくわからなかった。
意味は『自分より優れた者をねたみそねむこと』らしい。
私はこれまで抱く側ではなく、向けられる側だった。
だからこそ初めて芽生えるこの感情にどうしていいかわからない。
突然の転校生。その正体は小森翔太くんの幼馴染らしい。
しかも彼女は私の目から見ても美少女だった。
栗色の髪はふわりとウェーブがかかっており、端正な顔には入念なメイク。しかもスタイルまで抜群。
男の好みを完全に体現している。そう感じてしまった。
翔太くんと高嶺さんは再会するや否や、私の知らない過去話に花を咲かせていた。
彼のあんな楽しそうな顔は初めて見たわね。
それがすごく嫌だ。本当に嫌だ。私以外にあんな顔を向けないで欲しいと心の底から思う。
泥のように冷たい感情が私の中に流れ込んでくる。
ああ……なるほど。これが嫉妬なのね。あまり歓迎できるタイプの感情ではないわね。
だってすでに人格を支配されそうになっているもの。彼女さえいなければって。
けれど私の内心はさらに荒れ狂うことになる。
高嶺さんの転校に合わせて今日は月に一度の席替えをすることになった。
これまで私は席が変わるという、ただそれだけのことにバカ騒ぎする生徒の思考が全く理解できなかった。
けれど今ならわかる。彼らがなぜ騒ぎ、何に期待していたのかを。
あれはきっと意中の相手と隣同士になりたい、もしくは離れたくない気持ちを抑えられなくなった表れだ。
なにせ私もまったく同じ気持ちだもの。
というのも私の席は翔太くんの隣。
ついこの前まで
それだけじゃない。もしも翔太くんと高嶺さんが隣同士になってしまったら……。
濡れた犬のように頭を振る私。悪夢を追い払い、唇を噛みしめる。
心なしか目が潤んでいたかもしれない。
人生で初めて神頼みをする私。これまで架空の存在を崇拝するなんて馬鹿らしいなんて言ってごめんなさい。
どうか……どうか翔太くんともう一度隣の席に――!
で、その結果。
やっ、やや……やったあぁぁぁぁっー‼︎
なんと幸運にも再び翔太くんの隣の席に当たる。
あまりの嬉しさに飛び跳ねてしまいそうな私。
翔太くんもこの結果を喜んでくれているだろうか。
気になった私は浮かれた気持ちを押し殺し、彼に視線を向けてみると、
(ええええぇぇぇぇっ⁉︎ なんか夏川さんがめっちゃ睨んでくるんですけど⁉︎ やっぱり嫌だよね? そりゃそうだよね! ようやく
「先生! 繭姉――じゃない。高嶺さんは目が悪いので夏川さんと入れ替わってもらうのはどうでしょうか」
(ぎゃああああああああああああああああっ‼︎ ちょっ、ちょちょちょっ、ちょっと待ってよ翔太くん! なんで⁉︎ どうしてそうなるの⁉︎ いま私人生最大級の幸運を噛み締めていたところよ⁉︎ なんで天国から地獄に叩き落とそうとしているの⁉︎)
「そうだな。高嶺の心境を考えればお前が隣の方が都合がいいか。よし。夏川代わってやれ」
嫌です! あまりふざけたことを言っているとぶっ殺すわよ先生。
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