第2話
これまでプレイしてきた恋愛シミュレーションゲームを振り返ってみる。
たいていこの手のゲームは主人公がヒロインとのイベントをこなし、フラグを回収することで恋人関係へと発展していく。
ここでぜひ考えて欲しい。イベントをこなすどころか、会話したことさえないヒロインが主人公に惚れている。そんなことがありえるだろうか。
少なくとも数多のギャルゲーをプレイしてきた僕の記憶にその手のものはない。
正直なところ僕は夏川さんが色よい返事をしてくれた理由が全然わからなかった。
ここで断言しておくけれど、僕と夏川さんは間違いなく高校からの付き合いだ。
実は幼少期に結婚の約束をした女の子、なんてベタな過去は絶対にない。これは神に誓って本当だ。ただし僕が一週間フレ◯ズでない限りは。
じゃあ僕が川に流されている子犬を救出したところを彼女に目撃されたのか。
それもノーだ。なにせ溺れかけているところを大型犬に助けられたことがある僕だ。
女の子がキュンとなるギャップなんて見せられるわけがない。
おっと。自分で言ってて泣きそうだ。
というわけで夏川さんの真意を確認せずにはいられなかった僕は告白がOKである理由を聞いてみた。
彼女から返ってきたのは、実は僕のことがタイプだったという予想外な答え――、
「端的に言うわ。虫除けのためよ」
――ではなく至極真っ当なものだった。
「ですよね!」
夏川さんが僕の告白を断らなかった理由。それは偽りの彼氏を作ることで異性から向けられる好意を緩和するためだった。早い話が
ただそれが理由でも謎は残るわけで。とりわけその中でも分からないのが、
「えっと……どうしてその
「だってあなた……私に興味がないでしょう? いえ、違うわね。興味はあるけれど進展を期待していない。私と距離を縮めようなんて微塵も思ってない。目を見れば分かるわ。私をモノにしようと意気込む虫は目の奥に欲望をギラつかせているもの。でもあなたは違う。目の奥にあるのは諦めを通り越した無関心よ」
「ええーと。つまるところ無害認定をされたってことですか?」
「平たく言えばそういうことよ。ふふっ。理解が早い男の子は嫌いじゃないわ」
笑みを浮かべる夏川さん。それは見た者の魂を奪ってしまうほどの威力で僕もドキッとさせられてしまう。
幻覚で彼女の背景に花が見えたほどだ。
さて、そんなわけで彼女と付き合い始めた僕なのだが、この三ヶ月間、それはもう本当に大変だった。
まず男子生徒からの嫉妬と殺意。これがエグい。空気を読むことでクラス内ヒエラルキー中間層を
なんとかイジメに発展しないよう、言動に細心の注意を払ってきたけれど、やっぱり露骨な嫌がらせというのはあるわけで。
何が一番大変かって僕と夏川さんの関係が
なにせ彼女の目的は言い寄る男子の数を少なくすること。フェイクだと見破られてしまっては意味がない。
そんなわけで夏川さんの徹底した演技は僕の度肝を抜くものだった。
下の名前で呼び合うことはもちろん、登下校も一緒。それも周囲に見せつけるように恋人つなぎor僕の腕に抱きついてくる。
抱きつかれたときなんて夏川さんの胸がむにゅむにゅと腕に当たるもんだから気が気じゃない。
とまぁ、身に余る幸せを三ヶ月間を過ごさせてもらったわけだけど、どうやらそれも終わりを迎えたらしい。
というのもこれまで女優レベルで恋人役を演じていた夏川さんの態度が硬化し始めてきたのである。
例えば周囲の目に晒された教室で夏川さんをデートに誘うのは僕の役目だったんだけど、以前の彼女なら、
「ふふっ。楽しみですね翔太くん」
なんて甘い声と笑顔を向けてくれていた。なのに最近では、
「どうして私が
名前から名字呼び。しかもひどく冷たい態度で。
えっ……ええええっー⁉︎ いくらなんでもそりゃないんじゃない⁉︎
僕たちが恋人であると思い込ませるために人前で声をかけるよう指示したのは夏川さんの方じゃないか。
これじゃあ逆効果になっちゃうけどいいの⁉︎
そんな僕の心配は現実のものになる。
これまでの三ヶ月間、夏川雫には彼氏がいると必死に刷り込ませてきた努力が水の泡になったのだ。
というのも彼女の僕に対する態度が硬化した噂はすぐに流出し、僕と夏川雫は早くも別れたことになってしまった。
当然彼氏という存在がいなくなれば夏川さんに迫る男子は倍増。
あれよあれよという間に元通り――いや、三ヶ月前よりもさらに勢いが増してしまった。
傷心している夏川にならワンチャン、そんな心理が働いているからだろう。
でも仕方ない。もともと夏川さんと恋人になれるだけでも身に余る幸せだったんだから。
一生分の幸運を使い切ってしまったのだろう。
だからそろそろ気持ちの整理をしないとね。
だって僕はつい先日夏川さんが男の人と一緒に出掛けているところを目撃してしまったんだから。
それも僕なんかとは比べ物にならない、モデルのような人と。
遠目からも美男美女で理想的なカップルだったと認めざるを得ない。
そんなわけで僕は夏川さんから身を引くことを決意した。
ちょっと楽しい時間を過ごしたからといって(夏川さんにとってはもしかしたら僕といる時間は苦痛だったのかもしれないけれど)、いつまでも彼女に執着する男にはなりたくない。
そもそも本物の彼氏彼女ってわけでもないしね。
けれどこのときの僕は夏川さんの異変の理由なんて知る由もなかった。
まさか彼女が――。
☆
夏川 雫
なんで⁉︎ どうしたのよ私⁉︎
せっかく翔太くんがデートに誘ってくれたのにどうしてあんな態度しか取れないのよ⁉︎
というか最近の私、変よね?
気が付けば翔太くんを目で追っているし、目が合うと動悸が激しくなる。
それを悟られないようにしたら彼を睨みつけてしまうし……。
ちょっと前まで完璧な恋人役を演じられていたのに今じゃまともに会話することさえ出来ない。
あーもう認める! 認めるわよ!
私が小森翔太くんにべた惚れしてしまったことを。
まさか偽彼氏を協力してもらっただけで惚れてしまうなんて私もずいぶんちょろい女になったものだわ。
でもこのままあまのじゃくでいるわけにはいかないのよ!
だっていつの間にか私と翔太くんが別れたことになっているじゃない。ダメよ、そんなの。絶対にダメ!
明日、明日こそはきちんと恋人として徹しよう!
けれどこのときの私は彼と結ばれるまでに多難が待ち受けていることを知らなかった。
まさか弟と出掛けていることを目撃されてしまい、それを本物の彼氏だと思い込まれているなんて思ってもみなかったんだから。
しかも翔太くんを射止めようとしているのは私だけじゃないってどういうこと⁉︎
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