第154話

「元気で」




 ジョシュアが、握手を求めてきた。




 ミオは、その手にそっと触れる。




「ジョシュア様も」




 ああ、本当にこれで終わりなのだ。夢のような一ヶ月だったと思いながら手を離そうとした途端、クラッと眩暈しジョシュアに支えられた。




 そのまま抱き寄せられる。




「……やめて……ください」




 ミオは、腕を突っ張って精いっぱい拒絶する。




 こんなことをされたら、一秒ごとに離れがたくなってしまう。




「この国で、弱ったその身体で暮らして行けるの?」




「カードゲームの分け前がありますので、それで養生します」




 本当は、十字星号を買い求めたときで、ほとんど無くなっている。けれど、正直に言えばジョシュアはあれこれ世話を焼き、きっと別れの時間が伸びてしまう。




「何か、僕にできることは?」




 掴まれる肩に力が籠る。




 別れたくないというジョジュアの思いをミオは感じとって、ますます胸が苦しくなった。




「でしたら、あの出店まで一緒に行って下さいませんか?」




 ミオは、二頭のラクダを引き連れ出店を目指した。店の手前で鞄から残った小銭と、ドロップ缶を取り出す。




「石の装飾品の中に、羅針盤のデザインのものがあると思います。このお金で、それを買って下さい。店主は奴隷には売ってくれないのです」




「それが、僕に対する君の願い?」




 ジョシュアの声は、失望を含んでいた。




「君が選びなよ」と言って、ジョシュアはミオに選ばせてくれた。指差すと、店主がミオをじろっと見て、選んだものではなく端が欠けたものをわざと寄越した。ぶつくさ言いながら、ドロップ缶の小銭を数え始めたので、それ以上何も言えなくなった。




 それでも、ずっと欲しかった装飾品を手に入れることができてうれしかった。




 ミオは、やっと手に入ったそれを一撫でした。




 そして「もう一つお願いがあります」とジョシュアに言う。




 海風が吹きはじめ、二人のサイティをはためかせた。




「どうかこいつを英国に連れて行ってください。ポケットにでも入れてくれたら嬉しいです。そして、数年に一回でいいので、ミオという奴隷と旅をしたなって思い出してくれれば……俺は幸せ……です」




 もうそこまで言うので精いっぱいだった。




 ミオは、ジョシュアの手のひらに羅針盤の装飾品を押し込んで、北斗星号と十字星号の手綱を引いて星空旅行社に向かって走り始める。




「ミオさんっ!!」とジョシュアが叫ぶ声が聞こえたが、絶対に振り返らなかった。

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