第106話

 ミオは泣けてきて仕方がなかった。ジョシュアに会いたい気持ちは変わらないが、阿刺伯国を守ろうとするアシュラフの真意を知ると、自分だけ我を通すのが許せなくなってくる。




 先ほど、贅沢な不幸にみんな溺れているとアシュラフは言った。




 本当にその通りだ。片手で口を覆っても嗚咽が零れてしまう。




「……サミイ。泣くな……」




 寝ぼけてアシュラフがミオの頭を撫でまわし、余計悲しくなった。




 ちょうど窓辺に月が顔を出していた。目を瞑っても涙に反射して眩しい。




「ジョシュア様。今、何をされていますか?十年ぶりに会えたサミイ様を愛している最中ですか?俺のことなんかきっと頭の片隅にもありませんよね……」




 美しいサミイに、どうやっても太刀打ちできないことは分かっている。




「でも、思わせてください。心の中で思うだけ。お願いします」




 胸の中でずっと抱きしめていた革の本が体温で温まっていた。泣きながら眠りに落ちた。




「……さん。ミオさん」




 囁き声がする。何度もミオを幸せな気分にさせた柔らかな声に、パッと目を見開く。月の光を背負って男が立っていた。まるで、旅の初日の夜のようだ。




「こんな場所にいたなんて」




 ジョシュアが床にひざまづき、ミオを抱き寄せた。肩にはショールをかけていた。




「遅くなってごめん」




「ジョシュア様。……どうして?サミイ様のところじゃ」




 幻なのかと思って手を伸ばし、男の頬に触れる。ジョシュアは目を瞑って気持ちよさそうな顔をした後、ミオを身体に巻いたブランケットごとすくい上げた。手から本が滑り落ち床で音を立てる。




「す、すみません」




「アシュラフは眠りが深いはずだから、これぐらいの物音では起きないよ。そうか、この本、ミオさんが持っていたのか」




 ジョシュアはミオを抱き上げたまましゃがんで、本を拾う。




 そして、肩のショールを外し、裸で眠るアシュラフへとかけた。




部屋の外に向かって歩き出す。




「テーベの街を出るとき、ジョシュア様の荷物を積んだ後に気づいて、俺の荷物に入れたんです。……あの、どちらに?」




 ミオを抱いたまま、階段を降りるジョシュアに聞いた。




「一緒にいよう」と、ジョシュアは言った。




「ずっとですか?それとも明後日までですか?」




 そう聞きたいが、ミオは聞けない。

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