第7話
阿刺伯国の最南端にある港町サライエは、大きな湾に面している。
水平線が白み始めると、湾から数キロ離れた先に、大型の船が数十隻見える。煙突から煙を上げて蒸気で走る船たちだ。
手前に英国商船。奥に西班牙(スペイン)艦隊。さらに奥に見えるのは、葡萄牙(ポルトガル)の軍船だろうか。
ここから見ていると、まるで英国が西班牙と葡萄牙の艦隊を率いてやってきたようだ。
サライエ港が四年前に異国に解放されてからというもの、常時、外国船がやってくるようになり、西洋の大型船は珍しいものではない。
しかし、十隻を越える船が湾に集結したのは初めてで、壮観の一言につきた。
異国の船がサライエ港に一挙に集まって来たのは、一か月後に、阿刺伯国の王子が即位と同時に西班牙の第一王女を王妃に迎えるという、大きな祝賀を控えているからだ。
新王の名はアシュラフ、西班牙の第一王女の名はマデリーンという。
先日、阿刺伯国入りしたマデリーン一行を一目見ようと、たくさんの人が港町サライエに押し寄せた。大歓声の中、マデリーンは輿に乘って、北西部にある王都に向けて出発した。
当初、この結婚に誰しもが首を傾げた。
英国と結びつきの強い阿刺伯国が、なぜ友好国の契りを交わしているわけでもない西班牙の第一王女を王妃にするんだ、と。
やがて、英国が西班牙に介添えしてくれたからだという話が、どこからともなく流れてきた。
「小舟に乗って、団体できなすったぞ。さっさと綺麗にしろ」
ウィマが自慢の双眼鏡で水平線を見ながら叫ぶ。ウィマもまたミオと同じ奴隷だが額の奴隷印の模様は異なる。
阿刺伯国では、同じ奴隷でも細かく階級が分けられており、ウィマはミオよりかなり上で、旅行社にいる奴隷の中でボス的な存在だ。
双眼鏡は、彼の自慢の品だった。もちろん、奴隷はそんな高価なものを一生かっても買えない。
素晴らしい案内に感動した欧羅巴人客に、何が欲しいと聞かれたウィマはチップではなく双眼鏡を下さいとねだった。
あなた様が今度いらしたときに、もっと素晴らしいものをお見せしたいから。
逆立ちしても、ミオにはできない芸当だった。
ミオは、規定の料金以上に何か貰うのが申し訳なくて、高額なチップは「いいです。いいです。本当にいいです」と相手が不機嫌になるほど断ってしまう。
「ミオ。急げ!」
「……わかって……ます」
サイティ姿のミオは、海の中で苦しい声を上げた。
サイティとは、ゆったりとした筒型のデザインの服で、丈はくるぶしまである。歩くと風が通って涼しいのだが、今は海中でミオが歩くのを盛んに邪魔をする。
波間にぷかぷか浮かぶとあるものをようやく掴まえ、浜辺へと戻る。
不気味に膨らんで強烈に臭い。気を抜くと吐き気を催す。
ミオは、ゼイゼイ言いながら浜辺まで引きずって、他のと一緒に並べた。
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