閉鎖都市

堕ちた世界

９

闇に飲まれた意識が再（ふたた）び覚醒（かくせい）してゆく。

全身に感覚が戻ってくると、

それに合わせ激しい目眩（めまい）と頭痛が襲（おそ）った。

照明（しょうめい）は再度点灯し室内は元の静寂（せいじゃく）に包まれていた。

全身を覆（おお）った浮遊感も無くなり、

不快（ふかい）な低周音もしなくなっている。

まだ夢の中にいるような感覚の中で、

腕から伝わる少女の温もりが、

現実に戻って来た事を認識（にんしき）させた。

壁に空（あ）いた穴も塞（ふさ）がり、

まるで何も無かった様（よう）に、

元の個室のトイレに戻っていた。

そこに年端（としは）もいかない少女と同席（どうせき）している現実を、

改（あらた）まって認識した。

気まずい沈黙（ちんもく）を最初にやぶったのは、

意外にも少女の小さな相棒（あいぼう）だった。

「局在化終了。

　ようこそゲッペルハイドの住民よ」

歴史の教科書に出てくるような単語に、

頭が疑問符（ぎもんふ）をうつ。

いやそれ以上に、

この小さなマスコットが喋（しゃべ）れる事に驚いていた。

「初めてのケースだが改（あらた）めてよろしく」

あっどうも。

僕は動揺（どうよう）して機械の玩具（がんぐ）にお辞儀（じぎ）をしていた。

少女がそれを補足（ほそく）する様に間に入ってくる。

『この子はナビ』

それに反論（はんろん）する様に小さな相棒が割り込んだ。

「正式名称（めいしょう）はスピットだ」

その言葉を無視（むし）する様に少女は続けた。

『私はノワール』

僕は思案（しあん）する間も無くそれに答えていた。

「あっ初めまして、僕はアスカ。

　アスカ・ソウヤです」

少女はそんな様子を見つめクスリと笑った。

『それ、さっき聞いたよソーヤ』

僕も釣られて笑っていた。

「よろしくノワール」

僕は握手（あくしゅ）を求（もと）め右手を差し出していた。

少女は不思議そうに、

その手と僕を交互（こうご）に見つめる。

スピットが助け船を出す様に、

少女に話しかけてきた。

「挨拶（あいさつ）だよノワール」

その答えに合点がいったのかノワールは、

真似（まね）する様に左手を突き出した。

差し出された右手と左手。

これでは握手は出来ない。

変な宗教に入ったように、

腕を突き出し向かい合う２人。

僕は苦笑いを浮かべあらたまって左手を出すと、

少女の手を取った。

少女は驚いた様に僕を見つめ、

次のアクションを伺（うかが）う。

「改（あらた）めてよろしく」

僕は内心のドキドキを隠す様に、

出来るだけ平静を装（よそお）って握手（あくしゅ）した。