第82話 ゲートシップ

 ゲートシップはモザイク状に空いた空間を抜け、今までいた低軌道層から中軌道層にあがった。

 カナンリンクは大雑把に三層存在する。

 真人たちがいたセカイやスカイフックは一番地表に近い低軌道層――つまり、一番小さいカナンリンクの中にいたことになる。

 その一層上は、さらに大きい。

 天地を挟まれた逆地平がどこまでも続く中、船はリパルサーの放つ不可視のビームスラストを曳いて疾走する。

 高度を上げたのは、カナンリンクの航宙法規に従ったからだ。

 低層は大気圏も含み、軌道エレベーター基底部もあるため、高速では通れない。普通に飛ぶなら完全に中層に上がった方が早い。


「高度、および速度は現状を維持。

 オートパイロット正常」


「了解。

 流石にここまで上がると身体が軽く感じるね」


 ハーミットの報告を聞いたシェリオが、コクピットから天を見上げる。

 コクピットは四席のみの小さなもので、そこにシェリオ、ハーミット、真人が座っている。

 色々な意味でオープンなコクピットだった。

 形状は巨大な球形で、その内側は全天周式スクリーンが広がる大空間になっている。

 コクピットは飛び込み台みたいに張り出したたプラットフォームの上にある。シートはその先端に四つだけ設置されていた。


「席が四つしかない巨大プラレタリウム……かな」


「贅沢な作りですよね……」


 シェリオとハーミットが嘆息する。

 天井や壁、床までが全てスクリーンに覆われているため、二人はシートだけで空を飛んでいるような気分になる。

 少し居心地が悪そうな顔をしたシェリオが、心持ち船長席に深く腰かけた。


「視界はよく通るね」


「ここから落ちたら死にそうですね……」


 中空に張り出すコクピットからスクリーンまでは随分と距離がある。

 ハーミットが隣の副船長席から身を乗り出して下を覗くと、ぶるっと震えた。

 様子を見ていた真人が苦笑いする。


「落下防止システムが展開されてるから大丈夫。

 それよりデュミナスから連絡だけど、トゥイーちゃんの治療には当分かかるみたい。

 ――トゥイーちゃん、凄い重傷だって。

 アピオンの協力もあるから何とか治せるらしいけど、この飛行中かかるかも」


 後席の片方にちょこんと座った真人が、何の操作も行わずに二人にデュミナスの状況を報告する。

 真人とキュリオスとの戦いに割って入ったトゥイーは、身体のほとんどを失う程の手ひどいダメージを受けていた。

 運ばれてきたトゥイーを見たデュミナスも珍しく無言で処置室に入っていった。

 それから通信は来ていない。

 報告を受けたシェリオが微妙に表情を変えた。

 内容もだが、真人が何の操作も行わずに事情を知ったことも驚くべきことだった。

 制御鍵の行使によりゲートシップと真人は繋がった――らしい。

 だからこそ自分の身体の一部のように船を自在に使いこなせるのだろう。

 だが、その機能の拡大が真人にどんな影響を与えるのか。

 ふと――シェリオがシートに膝立ちになって振り向くと、真人の頬にそっと触れる。

 顎から首に掛けては、男の子特有のシャープなラインを描いている。

 小さくて形の良い唇。鼻筋は綺麗に立ち、豊麗は滑らか。彫りは深いが子供特有のパーツの不揃いさ、未成熟さは感じない。

 それでいて成熟した印象も受けない。

 頬に触れたシェリオの手にかかる、透き通るピンクの髪が綺麗だった。


「どうしたの?」


 真人の手が、シェリオの手にそっと重なる。

 軽く握られて正気に返ったシェリオが慌てて手を引っ込めた。

 思わず見とれてしまった――とは言えない。

 あれは本当の真人の顔ではないのだ。


「その……何となくね。

 トゥイーちゃんの件は了解したよ。心配だけど……今はただ待つしかできないか。

 デュミナスから何か連絡が来たら教えてね」


「真人……ちょっといいかね?」


 コクピットブロックのあるプラットフォームの入口が開き、そこから瀬良が遠慮がちに声を掛けた。

 見るとセブランやクリシーもいた。


「どうかしましたか?」


 キャットウォークをとてとてと歩いてきた真人が、瀬良たちを見上げる。

 瀬良が足を踏み入れない理由――プラットフォームの下に広がる映像を見て瀬良が渋い顔をした。

 もっともコクピットには興味津々のようだが。


「もしよければ、到着までの余った時間で船内を見学することはできないかと思って。

 特に、その……超光速ヱンジンと言う物は是非見ておきたい!」


 力説する瀬良に、真人が苦笑いする。

 だが気持ちは分かる。


「シェリオ、いいかな?」


 許可を求められたシェリオが何かを答える前にリンクコムが灯り、鼻息荒い鈴音が映った。


「いいけど、鈴音もいきたそうだから拾っていって」


『私はこの船の物質合成システムを見たいです!

 カナンリンク本体の物は私たちでは使えませんでしたが、この船の物なら使える可能性がありますから。

 ――だから真人さんに一緒に来て貰えればと』


 その提案に、シェリオとハーミットの顔を見合わせた。

 鈴音の言いたいことは分かる。

 アイビストライフの使用する物資や装備は、デュミナスが用意してくれた物か、カナンリンクが停止するような緊急事態が起こった際に使用する非常用の物を使っている。

 将来デュミナスに頼れなくなる可能性が出てきた以上、他の物資入手ルートは当然考えておかなければならない。


「鈴音?」


 ハーミットが静かに声をかける。

 万が一にも怒りと不快感を表に出さないよう、細心の注意を込めて。

 例え鈴音にその気が無かったとしても、真人を道具として扱うことは戒めなければならない。

 それは彼女個人の倫理と道徳に反する行いだ。

 だが鈴音とハーミットの視線を、真人の手が遮った。


「――大丈夫だよ、ハーミット。

 シェリオ、僕に連絡するならリンクコムで繋がるよ。

 欠け桜のアイコン」


 真人が笑いながら、瀬良たちを連れて出て行った。

 ハーミットがふうと溜息をつく。


「真人は分かってて飛び込む性格だよ、ハーミット。

 ――じゃ、私たちは船の操縦訓練と行こうか。

 感覚を掴んでおかないとね」


 ゲートシップの制御システムは仮想のスクリーンを自在に実体化させるタイプで、今は地球人向けにデュミナスとアイビストライフが作ったコンソールが実体化していた。

 車のアクセルをちょっと踏む程度の簡単な操作で、ゲートシップはより高い軌道へと遷移し始めた――

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