第83話 旅路
天井と床にも挟まれた透き間から覗く小さな太陽が沈もうとしていた。
カナンリンクの日没だ。
ゲートシップは自転速度より早いため、巨大な影が早回しでカナンリンクの表面を奔るように見える。影はやがて太陽を追いかけるのを止めると、まるで水たまりのように丸く広がってゆく。広がりまではかなり距離がある筈なのに、黒い面に見えた。
黒いモノは巨大なクレーターだった。カナンリンクの表面に巨大なクレーターが広がっている。影はまるでトラップのように窪んだ大地に飲み込まれて行く。対比がないのでサイズはよく分からないが、地球のちょっとした都市が一つ丸ごと入りそうな規模があってもおかしくなさそうだ。
クレーターの底は完全な黒ではなかった。時折チラチラと光が瞬いている。
――灼熱した構造財がまだ冷えきっていないのだ。
訓練の傍ら、見えてきた光景に二人は言葉を失っていた。やがてシェリオがポツリと呟く。
「あのクレーターって……爆発の跡だよね」
「そう……ですね。
統括機能が回復しなかった理由は、単に修復が追いついてないだけなのかも……
念のため、真人さんとデュミナスを呼びます」
そう言いかけたハーミットの手が止まる。
コクピットの入口に真人が出現した。
手には四角い包みとポットのような筒を持っている。
「シェリオ、ハーミット、これ僕が作ったサンドイッチと紅茶。
食べて感想聞かせて。
それとカナンリンクのアレは僕も見たよ。
いまスキャン中」
真人から受け取った包みを開いたハーミットが即座に一口。
残りはシェリオに渡す。
彼女もすぐにかぶりついた。お腹が空いていたわけではない。真人が食料を作り出せるかのテストだ。
「これは……ティーサンドですね」
「紅茶もお願い」
細切りの胡瓜を挟んだサンドイッチは特別美味しいものではない。バターは使ってない。代わりに使われているスプレットはちょっと不味い。
だが問題なく食べられる。
――シェリオの表情を味への感想と思った真人が苦笑いした。
「ごめん、派手に失敗して……
アーソアでは動物の生体や死体を勝手に合成しちゃいけないみたいなんだ。
でも、ボクじゃ許可は取れないから。
発酵食品は単純に難しい。
次は、もうちょっとマシな代用品を探しておくよ。
それと……たったいまクレーターからビーコン来たよ。中に大宇宙港があって、その施設は全部生きてるみたい」
「ほうはい――んぐ。了解。
じゃあデータを確認次第、着陸――ドッキングかな? その準備するね」
シェリオが計器を軽く確認する。
真人の言う通り、ゲートシップ側にもビーコンの情報が来る。
それを受けてハーミットがコパイロット席で着陸の準備を始めた。シェリオとハーミットが真人から送られた宇宙港のデータにざっと目を通す。
宇宙港はスカイフックのとは比べ物にならないほど規模が大きい。係留された船はディープスカイ用途が多いようだ。
ただ超光速船はない。
「真人、目的地って本当にここでいいの?
念のため確認したいな。
デュミナスはまだトゥイーちゃんの処置に係りきりかな」
「大丈夫だよ、ここであってる。
デュミナスは連絡待ち」
「シェリオ、先にアイビストライフに連絡いれますか?」
「――ハーミット、待って。
たったいまデュミナスから連絡が来た。
処置が終わったみたい、トゥイーちゃんは……大丈夫!
今は寝ているから、そのまま安静にさせておくようにってさ」
シェリオが通信機に触れるより早く真人がスクリーンの一部を切り替え、メデカルチャンバー内で眠るトゥイーと、その傍らに立つデュミナスを映し出した。
考えるだけで、まるで身体の一部であるようにカナンリンクの機器が反応する様は、まるでデュミナスのようだった。
真人は守護システム並の能力を獲得しつつあるのかも知れない。
それが良いことかどうかは――分からない。
かつて自分たちがデュミナスからの提案を受け入れたように、真人もこの力を受け入れてくれるのだのろうか。そして自分たちも真人に起こる変化を受け入れられるのか。
シェリオには分からなかった。
「――そっか、よかった!
そろそろ着陸態勢に入るけど、詳しい場所が分からなくて困ってるってデュミナスに伝えてくれる?
できるだけ目的の場所に近いところへ着陸した方がいいよね」
「えーと――いま来ているビーコンがそう。
その誘導に従っていけば大丈夫!
デュミナス、僕もすぐそっちへ行くからそこで待ってて。
瀬良さんも……
あっ、そっちじゃないです。そっちは全然違います。いま行きますから待っていて下さい!」
どうやら真人はあちこちと同時に通信しているようだ。
シェリオとハーミットに手を振ると、ピンクの残像となって消えた。
しばらく真人がいた場所を見ていたシェリオだったが、やがて前に向き直る。
一通りの操作はハーミットが終えており、後はメインパイロットのシェリオ待ちになっている。
「ねえ……真人ってデュミナスに似てきてないかな。
さっきのビーコンも、船より先に真人個人に来た感じだったよね……」
着陸の準備を行いながら、シェリオがぽつと呟いた。
ハーミットは前を向いたまま無言で何か考え込んでいたが、結局は何も答えず、ただ首を振った。
ノーという意味なのか、あるいは答えたくないという意思表示なのかは分からない。
シェリオもそれ以上何も言わず、ランディングの準備に入る。
船内通信のチャンネルをフルオープンする。
これで巨大な船内の全域でシェリオの声が響く筈だ。
「アテンション! これより本船は着陸態準備に入ります――」
ゲートシップが巨大なドック区画にゆっくりと進入していく。
内部には整然と係留された宇宙船の列が、視点が消失するまで続いている。
見ていると遠近感が狂いそうになる。
チャンネルがフルオープンされたリンクコムからは、ラウンジに戻ってきた瀬良たちの興奮した声が響いていた。
どうやら鈴音と一緒にいたアピオンが解説役として捕まったらしく、矢継ぎ早に繰り出される質問に一々律義に答えていた。
「――数もすごいが、色んな形状のがあるねぇ」
「ここはディープスカイ、つまり星系内で使用する船が多いみたいですね。
形状の違いは用途の違いかと思います」
「飛行機みたいのが多いですが、よくみると変な形のもありますね。
あのリングのついた円柱みたいなのも宇宙船ですか?
球が二つくっついている形をしたのも面白い」
『円柱型は太陽風や磁気圏などを利用して進む宇宙帆船の一種。推進剤を消費しないという点で慣性制御船の遠いご先祖に当たるとも言える。
連球型は恒星内物質吸引船のごく一部。
あれを何万、何億と連結させて恒星を取り囲み、力場を形成することで恒星内物質を吸い出して資源化する』
「なあ、空飛ぶ円盤やロケットはねーのか?
瀬良ん家の本の表紙にはよく書いてあったが」
『形状の定義を要求』
三人は初めての宇宙旅行を満喫しているようだ。
ゲートシップは大型船用の係留ポイントのひとつに、静かに誘導されてゆく。
サーチライトみたいなトラクタービームが幾つも当たって船が適切に減速され、割り当てられた超大型船用ドック内に固定される。
最後に壁に折り畳まれていた固定フレームが伸びてゲートシップを宙空にロックした。
「ランディング、クリア。
オールシステム、オフ=アクティブ。
とおちゃーく!」
主操縦席で操作を行っていたシェリオが最後のチェックを行った後、ゲートシップが完全に停止したことを宣言した。
中層では重力が小さいため、身体が微妙にふわふわする。
接舷と同時にエアロックを兼ねたボーディングブリッジが伸びてゲートシップと接合する。
ブリッジとゲートシップでセーフティが解除され、与圧がかかる音が静かに響いた。
「左舷の第一ハッチにボーディングブリッジの接続を確認。
エア、圧ともに異状なし。
――到着です。
デュミナス、いってらっしゃい!
私たちはここで貴女の帰りを待ちますが、よろしいですか?」
「時間がどれほどかかるか予想が付きません。
皆の判断に任せます。
ただ……あなた方の身に危険が及ぶ事態が予想された場合は、必ず警告を発します。
危険を与える主が私でも、です。
緊急発進が可能な体制を維持願います」
その言葉に、ハーミットたちがぎこちなく笑う。
ずっと一緒にやってきたデュミナスが敵に回るなんて想像もできなかった。
だが、無いと言い切ることはできない。
「うん、分かったよ。
行ってらっしゃい、デュナミス」
手を振って見送るシェリオたちの前に真人が一歩進み出ると、デュミナスの手をそっと握りしめた。
「デュミナス……これが最後になるかも知れないなら一言だけ。
ありがとう」
デュミナスは言葉を返す代わりに真人の額まで身をかがめ――
そして一瞬の間。
寂しげな笑顔を残し、デュミナスは真人の前から歩み去った。
後には笑顔の余韻だけが残る。
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