第77話 それぞれの戦い
巨大なシャフトだった。
真人が戦った場所とは違うようだが、やはり天井はずっと高く、遙か先で点になっている。
下は瓦礫が大量に積み上がり、すぐ目の前まで迫っていた。
真人たちの戦闘の余波で再生処理が止まったままになっているのだろう。
瓦礫はすべて地球の様式であり、遺跡みたいな物も交じっている。セカイの成れの果てなのだろうが、まるで地球を砕いてゴミにしたようで、気分は良くない。
シャフトの壁には車が通れる程度の道がぐるっと巡っていた。
出口は幾つかある。
「出口は反対側にある、あそこです。急いで!」
装甲車は、真人の指し示した出口を目指して速度を上げる。
シェリオたちは空中に展開し、襲撃に備える。
「――んっ?」
真人が振り返ったのと、突然の閃光が皆の視界を真っ白に染めたのはほぼ同時だった。
肌がチリチリと熱くなる。
前方に莫大なエネルギーを持った波動が生まれ、段階を踏んで高まっていく。
間違いなく超振動波動の兆候だった。
破壊性能こそデヴァステイターに劣るが、機械的な機構は真人の持つ制御鍵の影響を受け難い。
問題はソートナインドライバーでも使わなければ小型化できないという点か。
だからこそ大規模な施設で使われているものだ。
いま真人たちに超振動を叩きつけようとしている機影も、かなり巨大だった。
「くっ……車を止めます!」
余りのまぶしさにセブランが顔を背ける。
装甲車が急ブレーキをかけた。
悪いことにハンドルが取られ、後輪が滑り始める。
セブランが必死でカウンターを当てようとするが、前を直視できないためタイミングが遅い。
装甲車が危険な勢いでスピンを始める。
「セブランさん、ハンドル離して!」
飛んできた真人が運転席のすぐ後ろに出現し、ハンドルに取りつく。
最初に大きくハンドルを切られたせいでずっとロック状態になっていた前輪が元に戻り、車体が安定する。
だが直線に戻ったせいで壁が目前に迫っていた。
ブレーキを踏もうとするセブランを真人が制した。
「く、車の運転ができたのですか?」
「ゲームなら大好きです!
セブランさん、アクセルとハンドルはニュートラルに保って下さい。
瀬良さん、クリシーさん、シートでベルトしてください。
――ちょっと無茶します!」
叫ぶ真人がピンクの閃光と化す。
その瞬間、瀬良とクリシーがシートに瞬間移動したかのように移った。
気づけばハーネスも止められている。
オマケで、各々の目には調光機能のついたゴーグルまで付けられていた。
そこへ横殴りの衝撃が来る。
いつの間にか外へ移動していた真人が、壁と装甲車の間に割って入っていた。
ストリーカーが盛大な火花を上げながら壁を削り取る。
「なっ、何ですか……?」
セブランが戸惑った声を上げる。
さっき物凄い早さで何物かが自分の身体の上を疾る気配がしたが、それも一瞬のことで、何がなんだかさっぱり分からない。
開いていたサイドの扉もいつの間にか閉じている。
「真人だよ。
彼は目にも止まらない早さで動けるんだ。
車がぶつからないように、方向転換してくれたんだな?
――セブラン、後は頼んだ」
「え? いや、頼むと言われても……
あとゲームって何です……がっ!」
装甲車の前輪が一瞬浮く。
物凄い加速が数トンの車体にかかり、まるで弾かれたように速度を上げた。
左右に景色が流れて行く。
まるで三次元そのものをモーゼの奇跡のように割ったかのようだ。
車体に取り付き、加速とフィールド推進で装甲車を押していた真人が叫ぶ。
「ストリーカー、行けっ!」
叫びと同時に背中にビームの翼が展開され、そこから無数のビームフィールド体が打ち出された。目標は――こちらに超振動波を浴びせながら前を塞ぐ四体の巨大な人型だ。
真人の機械の瞳は、閃光の中でも襲撃してきた敵の存在を正確に捕らえていた。
元は基底部に備え付けられていた超振動粉砕システムそのものだろう。それを瓦礫の中にあったゼプトライト工場で組み上げ直したものだろうか。
即席だから耐久力などに難はあるだろうが、超振動システムは間違いなく本物だし、素材も大量にあるから再生もできるし、数を増やすことも容易い。
だが――
「ふん!」
真人が笑う。
この四体からはソートナインドライバーの反応も、人の意志も感じない。恐れていたこと――この四体もまたサロゲートたちではないかという危惧は外れてくれた。
「超振動程度でごまかせると思った?
――ただの木偶なら容赦はしない!」
無数のストリーカーが、閃光を切り裂くかのように人型に襲いかかった。
*
いつもの部屋の隣にある巨大な倉庫の一角。
特別に設えられたらしい透明素材の巨大ゲージの中で、マーキスが全力で壁に体当たりを繰り返していた。
その横にある壁のコンソールパネル相手に格闘していた森里がお手上げのポーズをしてひっくり返る。
背中脇から伸びたサブアームも一緒に上がった。
ゲージのロックを電子的に解除しようとしたらしいが、全然駄目だったようだ。
「駄目です、ロック解除するには手のツールが足りません!」
「こっちも駄目だ。
普通の人間くらいの力しか出せない。
破壊は無理だ」
二人は溜息をつくと、考え込んでいるユーシンの横にへたり込む。
マーキス、ユーシン、森里、トゥイーの四人はサロゲートの特殊能力を大半停止された状態で、透明素材の巨大ケージに閉じ込められていた。
キュリオスにも真人とデュミナス復活について思うところがあったらしい。戻ってきた途端に意識を奪われ、気付いたらオーギュメントサーブを残らず停止されて閉じ込められてた。
どうやら出撃させる個体は絞ることにしたようだ。それも最悪の形で。
それでもマーキスたちは動けるだけマシだろう。
トゥイーは猛獣の首輪みたいな器具で電子的に身体の動きを停止させられていた。首から上だけは辛うじて動かせるようだが、喋ることもできない。トゥイーだけオーギュメントサーブを停止できなかったのかも知れない。
「九輪と綾香はどうなったんだろうな……」
マーキスが透明な壁の向こうにある作業台を睨んだ。そこには綾香――だったものが無造作に転がされていた。
正確には抜け殻、残骸と言うべきか。
上半身のアクセスパネルがすべて開かれ、中の重要なパーツが根こそぎ持っていかれている。
出撃するのに全身は要らないということだろう。
内蔵を抜かれたかのような状況だが、そのボディからは血の一滴も出ていない――
同じく綾香をじっと見ていたユーシンが自虐的に呟いた。
「――当たり前ね。
私たちは本物じゃない、作り物よ」
「どうした?」
マーキスが上半身を起こす。
ユーシンがふっと溜息をついた。
「身体から血が流れてないなと思ったのよ。
――そんなことある訳ないのに」
「血……? あっ、そういえば!」
マーキスがあわてて立ち上がって綾香を見てから、ふと気づいた。
そんな訳がない。
力なく壁に背を預け、ズルズルと腰を落とした。
「そうか、血なんか流れてるわけないか。
そもそも俺たちは死ねない。
壊れたら新しい体に移って、奴らにセーブされたたところからロードされるだけだ。
プレイヤーの意のままにな」
「そうね……」
ユーシンがもう一度、綾香を見た。
ここからはよく見えないが、綾香の首の付け根――生身なら脊椎にあたるパーツから外部にコードがつながっているようだ。そこからエネルギー供給なり、データのやり取りなりが行われているのだろう。
「ねえ……
死ねないってことは……つまりアレは生きてるの?」
「生首だけの状態を生きていると呼べるなら、そうだな」
「僕たちは実験動物というより、ゲームのキャラなんですね。
合成や改修の素材まで取れる……
それで殺し合いをさせられて……ひどい話だ」
「――マーキス、森里、整理しましょう。
私たちの目的は?」
「アイビストライフの活動を支援する」
マーキスが即座に答えた。
それを聞いて森里とユーシンもうなずく。
まともな状態ではなかったとはいえ、アイビストライフの半数は自分たちが手をかけた。地球の法も道徳も何もない宇宙の果てだが、償いは必要だ。
「そのために障害となるものは?」
「今のところキュリオスだな。
奴はオレたちを自由に弄ることができるし、オレたちはそれに抵抗できない。
このままじゃ奴の道具に等しい」
「でも真人は自由に動けているわ。
真人と私たちの身体に何か違いがあると思う?」
「基本は同じだと思います。
違いはそのままキュリオスとデュミナスの違いでしょうね。
守護者としての立場や方針の違いというか」
「なあ……ちょっと思うんだが、キュリオスが今回俺たちを連れて行かなかった理由って、それじゃないのか?
デュミナスからの干渉を恐れている……」
「ありえますね。
それに、キュリオスはデュミナスの守護システムが強固だと何度も言ってます」
「ならば私たちがすることはひとつね。
ここから出てデュミナスに連絡を取り、彼女の庇護を浮けること。
キュリオスと同じことをやり返してもらう」
「そうですね、魅力的な案です……」
森里がチラっと周囲に目を配る。
暗に、この会話もモニターされている可能性があることを滲ませた。
トゥイーのスイッチを切るぐらいだから、そこまで完全なモニター下にあるわけではないだろうが……
意図は伝わったようで、二人とも小さく頷く。
「ねえ、もう一度聞くけど……綾香はあれでも生きてるのよね?」
「恐らくは」
「――森里くん、そのタコ手って色んな工作ツールになってるのよね。
いま、それを使える?」
「試しましたが、ノーオプションだと大したことはできません。
役に立つようなアドパーツでもあればいいんですけど……」
「パーツなら、それから取れないのか?
カナンリンクって確か素材は可変で、自由自在に作り直せるだろう」
マーキスがケージ内の機材を指す。
だが森里は無言で首を振った。
「リセットと再構成には専用の設備がいると……
ゼプトライト自体にもランクやグレードがあるみたいで、そこにある物では役に立ちません」
「そう、高機能のパーツ……ね。
ならいいわ、忘れて」
ユーシンが堅い顔で頷く。
意を決すると、ボディスーツを一機に脱いだ。
各人のスーツは下着もかねているので、脱げば下はすぐ裸だ。
ユーシンは堂々と裸体を晒す。
「おい、冗談はよせ!」
マーキスが怒鳴るが、目だけは冷静だった。
ユーシンはスーツを脱ぎ捨てると、あらわになった自分の肌の上を指でなぞっていた。
それは綾香のメンテナンスパネルが開いている部分だ。
それで二人に意図は通じた。
いや――三人に。
トゥイーは目だけを動かして首輪を示す。歯を向きだし、ガチガチとかみ鳴らした。変形さえできれば彼女には固定の武装ができるし、空や水中でも活動が可能になる。
「気にすることはないね。
どうせ他にすることもなし、本当の体でもない。
最初はどっち?」
選択を迫るユーシンだったが、目は森里のサブアームを見つめている。
つまり――
「なら……最初は僕です」
ユーシンが頷くと、森里の前で床に横たわった。
森里が一度だけぎゅっと目をつぶり、ユーシンに合掌する。
目を開けると、サブアームを延ばしてアクセスパネルがある筈の部分に触れた。
先端の簡易工作ツールが展開される――
「んっ!」
ユーシンが顔を歪めて飛び起き、体を丸めた。
叫び声を寸前で抑える。
どうやら体を開く行為は、人間で言うところの外科手術と同じような感覚を与えるようになっているようだ。
それがユーシンに、文字通り切り裂かれるような苦痛を与えていた。
おそらくだが、これはデュミナスの意図だろう。
こういった本来ならば不要なシステムがあるからこそ、デュミナスの庇護下にあったサロゲート体は強固な守りを持つのかも知れない。
しかし、今はその守護が仇になっていた。
荒い息をついたユーシンが元の姿勢に戻る。
「ふう……荒っぽいのが好み?
いいわ、どうせ死にはしない!」
「はいっ!」
続けなさい――その目が、はっきりと語っていた。
森里は大きく息を吸い込むと、サブアームをユーシンの肌にねじ込むような勢いで突き立てた。
苦痛の声は響かなかった。
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