第74話 これが一番面白い
真っ白な破壊が通り過ぎた。
閃光の奔流が収まり、セカイに色と形と音が戻ってくる。やがて徐々に光は絞り込まれ、空間自体を捩るように消えた。
限界に達したセカイの偽装はすっかり剥がれ落ちていた。
ヘックススクリーンは大半が剥がれ落ち、基盤の壁が剥き出しになっている。
セカイを構成していた建物や木々などのオブジェクトはバラバラにほどけ、焼き切れた大量のゼプトライトがチラチラと燃える粉雪となって辺りに降り注いだ。
保護層まで達するダメージを受けた床の一部は真っ二つにへし折れ、巨大な縦穴が除いている。その破断面は溶けて真っ赤になっていた。
「かはっ!」
真人が装甲車のコンテナ上部に膝をつき、右手を高く掲げたまま、たまっていた息をはいた。
その体にはパワーキャスターが途切れ途切れに走る。
フェニックス=トリガーの砲弾は、炸裂時の爆発そのものすら加速させていた。
真人がゆっくりと崩れ落ちる。
辛うじてストリーカーの一点集中防御が間に合ったが、それでも限界ギリギリの過負荷がかかっていた。
真人の後ろでは装甲車を囲み、守るように、キティ、ガランサス、アクセンターの三機がシールドを掲げていた。
莫大な熱線に晒されたであろう三機のシールドは、ほとんど溶けかけている。
「だい――じょう、ぶ? こっちは……だいじょぶ」
シェリオがキティの中で切れ切れにつぶやく。
何が起こったかは、真人が提示してくれたデータで理解できている。
軋む音と共にキティがシステムを再起動する。
幸いどこにも異状はない。
ガランサスも同じように再起動した。
「つつ……攻撃の大半は真人さんが防いでくれました。
ガランサスも保護回路作動済み、戦闘続行は……可能です!」
「鈴音、アクセンターの一部システムを再起動中です。
お願い、動いて……!」
「――真人です。僕も大丈夫」
再び立ち上がった真人がアクセンターの横に飛び乗ると、腰にあったパネルを開いて中のコンソールにそっと触れる。
少しの間があってからアクセンターのヘッドセンサーが光を取り戻した。
腕がゆっくり動いてボロボロのシールドをパージする。
鈴音の機体にはパワーキャスターがないので、シールドはほぼ原形を留めてない。
「アクセンター、再起動しました!
有り難うございます、真人さん」
「みんな無事だね? 瀬良さんたちは?」
「大丈夫だ!
デュミナスさんも、車も、荷物も、全部無事だ!」
閉じていた銃座ハッチが開き、ハンカチで口を覆った瀬良が首を出した。
装甲車のエンジンがセブランの手で再始動する。
ヘッドランプを灯し、さら地と化したセカイで瓦礫を蹴倒しながら力強く走りだす。
シェリオたち三機もそれに追随して滑走する。
「キュリオスは?」
『――反動で吹っ飛ばされたが、無事だよ。
ただ武器がグズついちまって……ええい、このっ!』
勝手に通信に割り込んだキュリオスが愚痴る。
それを聞いて、ハーミットが柳眉を逆立てた。
秘匿回線に無造作に割り込まれたうえ、馴れ馴れしく会話に混じられたことが気に障ったらしい。
『ええい、真人対策にはコレが一番面白いんだぞ。
ちゃんと動けっての……!
いっそ、プール以降の記憶消しとくか?
アタマによくない障害が起こる可能性あるが、そうすりゃ本人もノリノリで演じてくれ――』
「あれは……だ」
装甲車の上で力なくキュリオスを見ていた真人が、小さくつぶやく。
その言葉にはまるで感情がこもっていない。
だからなのか、皆は真人の言葉を聞き取り損ねた。
「真人、いま何て……?」
「あれは綾香さんだ――です、シェリオ。
いま真人は、そう言いました」
装甲車運転席に上がってきたデュミナスが、真人の言葉を補足する。
その言葉が周囲にいる人間の耳に届くまで数瞬。
デュミナスが真人の言葉を肯定してやっと胸に意味が落としこまれた。
「そして、それは正しい。
さきほどソートナインの反応を感知いたしました。
間違いなく綾香のものです」
「ど、どこに……いるの?」
シェリオの言葉に、震える真人の指が空の一点を差した。
そこにはキュリオスがいた。
天井にほど近い壁にめり込んだまま、必死に大砲をいじっている。
「そうじゃなくて綾香さんが……えっ?
あれが綾香さんで、ソートナインドライバーの……反応って!?」
語尾が上ずる。
言葉の意味がやっと頭と胸に届いたのだ。
その顔がみるみる蒼白になっていく。
シェリオがもう一度、キュリオスを見た。
――正確には、キュリオスが持っている巨大な砲を!
「あ……ああ」
「キュリオスっ!!」
真人が絶叫した。
すべてを吐き出して中を空っぽにしなければ自分が壊れてしまいそうだ。
だが真人の絶叫はキュリオスには届かない。
すべてが虚空へと消えてゆく。
『――よっと!
まあなあ、オレも色々と考えたんだぜ?
だが、どれもイマイチでなあ……
ソートナインドライバーの転用を思いついた時は、思わずガッツポーズしちまった。
これなら真人に釣り合う……って、な?』
キュリオスが笑った。
それは真人を讃え、敬意を表する笑いだった。
人と同じ笑顔の造形。
――それでいて、真人たちとは紙一重で何かが違う笑顔。
生理的な嫌悪が真人の喉元に駆け上がる。
「嬢ちゃん、もうすぐ指定された場所だぞ!」
真人のリアクションより早く、装甲車のサイドドアが開く。パワースーツ姿のクリシーが身を乗り出すとライフルを構えた。
ヘルメット姿の瀬良も銃座から顔を出し、機銃に取り付く。
「真人さん!」
我に返ったハーミットも、ガランサスのランチャーを展開させる。
キティとアクセンターも武器を構えた。
「車はそのまま進んで下さい。
下層へ降りるカーゴリフトの準備をしてきます」
指示を出した真人がほんの一瞬だけ空を見上げる。強い決意を宿した瞳が天の一点を見据え、すぐに離れた。
踵を返した真人がピンクの残像と化して車上から消える。
望遠で見ていたキュリオスは手にした砲を見下ろしながら苦笑いした。
「――見たのは綾香だけ、俺には見向きもしねえか。
てっきり憎しみや嫌悪の感情をぶつけられるかと思ってたが、外れたみたいだ。
俺もつくづく賭けが弱いぜ」
次弾発射を諦めたキュリオスが肩をすくめる。
代わりにボットたちを向かわせた。
「賭けといえば、デュミナスが動かなかったのも意外だな。
いざとなれば地球人を助けるかと思ったがな。
――まあ、いい。
不本意な形だが、真人対策第一弾はこれで終わりだ。
次は第二弾!」
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