第四部

第75話 車中にて

 廃墟のど真ん中に、真人がふわりと出現した。

 元は倉庫だったらしいが、攻撃の余波で天井が完全に吹き飛んでいる。

 向こうではキュリオスの放ったボットたちとシェリオたちが激しく打ち合っている。戦闘は徐々に近づいてきていた。


「急がないと……

 場所はここで間違いないけど、瓦礫が邪魔だな。

 ストリーカー!」


 真人の叫びと共に光条が迸り、瓦礫がなぎ払われる。

 下から現われたのはターンテーブルを持った重量貨物エレベーターだ。

 操作盤は吹き飛んでいたが、真人の瞳が機械の輝きを帯びると動力が息を吹き返した。ターンテーブルが回転を始める。


「――よし。

 皆さん、ここです、こっち! 車は僕が停めるので、全速でお願いします!」


 もうすぐ後ろに迫っている装甲車に向けて真人が両腕を大きく振った。

 セブランがヘッドライトをパッシングして答える。

 突っ込んできた装甲車を、真人のディスアクセラレーターが瞬時に停止させた。

 急停止した車内には軽く反動が走る。

 ”車は無事に停まりましたよ”という真人からの合図みたいなものだ。


「シェリオ、ハーミット、鈴音さん、皆も早く!」


 再生成されたのか、どこかから運ばれてきたのか、それなりの数のボットたちが装甲車を追ってきていた。

 シェリオたち三機は銃を撃ちながら元倉庫に飛び込んでくる。


「ガランサス、強化多弾頭弾エンハンサーを使います!」


「キティ、なぎ払う!」


 ガランサスの背中に折り畳まれているランチャーが展開し、超電磁加速で大口径弾を打ち出す。砲弾は空中で炸裂すると無数の高密度ペレットをばら蒔き、周辺のボットたちを穴だらけにして行く。

 キティも両肩から一門ずつハイパワー・レーザーガンを展開させる。

 放熱システムから派手にバックファイヤを吐き出しながら、レーザーをサーチライトのように振り回した。

 二機でかなりの数を落とすが、残った仏像のようなアマルダ・タイプがディフレクタースクリーンを張って突っ込んでくる。

 その防御を真人のストリーカーが切り裂いた。

 一度で切り裂けなければ、二度、三度と連発して叩き込まれる。


「車両の固定完了です」


 アクセンターで装甲車に車輛止めを噛ましていた鈴音が叫ぶ。


「有り難うございます、鈴音さん!

 降下開始します」


 鈴音の合図でターンテーブルが回転し始め、装甲車を乗せたエレベーターがゆっくりと地面に沈み込んでいった。

 キティとガランサスも乗ってくる。

 それを確認したかのように、スライドしてきたカバーで入口が閉じた。


「ここはすぐ着きます。

 下にはセカイを砕いて一次分解する施設があります。

 近づかないコースを取るつもりですけど……」


『超振動粉砕システムだ。

 だがあの処理システムは真人たちの戦闘で破壊されたままになっている。

 再稼働には、まだ時間がかかる』


「うう、ごめんねアピオン……

 そろそろ着きます。

 皆さん、準備をお願いします」


 真人の言う通り、エレベーターはすぐ下の階層に停止した。

 エレベーターはディスクだけの構造なので、カーゴがシャフトから出た瞬間に真人が飛び出した。そのまま加速状態のまま周囲を疾走して安全を確認する。

 下層は円形の大部屋で六方向にレーンが伸びていた。ここから貨物を輸送するのだろうか。


「大丈夫、この部屋は安全です。

 この区画からしばらく進めばゲートシップがある格納庫の上部施設に出られます」


 真人が指した先には頑丈そうな両開きの大扉があった。

 文字などは書かれていないが、真人の目にはARのもっと凄いのでカナンリンクからの様々な情報が扉に重なって表示されている。


「大型車輛が通れるのはこのゲートだけです。

 この先にはきっと――いえ、間違いなく罠があります」


「アピオンさん、ゲートシップはまだ無事ですか?」


 エレベーターが着くまでの間に装甲車に積んでいた物資で補給を終えたシェリオが、キティを立たせる。

 ハーミットもランチャーの弾種を積み終えたところだった。鈴音も装備を新しいのに変えている。


『キュリオスはまだ侵入に成功していない。

 だが、何というか――キュリオスの問題対処能力が変化している。

 予想が付かない』


「変化?」


『――ふむ。

 君たち風に言うならばとでもいうか。

 先ほどのサロゲート流用の件もそうだ。

 今も君たちを待っているようにも見える。

 派手で無茶で無駄で、そして自分勝手だ。実に守護システムらしくない……』


 そこでアピオンが言葉を切った。

 少し考え込む。


「どうしたの、アピオン?」


『真人、いま私はどうして守護システムらしくないと判断したのか。

 そんな定義は存在しないはずだが、私も変化しているのか。

 デュミナス、君はどうだ』


 アピオンに呼ばれ、武器の選択で悩んでいた皆を興味深く見ていたデュミナスが顔を上げた。

 少し考える素振りをする。


「意見には同意しますが、それは単なる好みでしょう。

 経験や勘、好みに頼った簡略化ヒューリスティックプロセスに最適解はありません。

 解きたい問題があるのでしたらデータとアプローチを極限すべきです。

 拡大と発展は好ましい。

 ――真人、あなたはアピオンとの関係を見直すべきです」


 唐突に名前を呼ばれた真人が慌てて背筋を伸ばす。

 何事かとシェリオたちも寄ってきた。


「えと、僕?」


「はい、アピオンは真人のサブシステムですから。

 サブシステムが良き支援存在グッドイネイブラーとなることを望んでいる。ならば真人もまた拡大と発展を目指すべきと考えます。

 我々で行える最良の極限はカナンリンクそのものとの知性統合トータライズ・グロークです。

 支援の用意があります、真人」


 先生に進路について聞かれてるようだな――なんて考えた真人が、脳裏から色気過剰の女教師コスプレをしたデュミナスのイメージを急いで振り払う。頼めばやってもらえそうな気がしたが、そう思えるだけに生々しい。


「よ、よく分からないけど……

 取りあえず友達からでいいかな、アピオン」


「理解する。

 改めてよろしく、トモダチ」


 真面目に頷いたアピオンがおかしくて真人がくすりと笑う。


「――真人さん、こちら準備整いました。

 デュミナスもお戻り下さい」


 ハーミットの声に、真人が現実に引き戻される。

 口調が少々ぶっきらぼうだった気がして真人がチラっと様子を伺うが、いつもと変わらない――ように、見えた。

 デュミナスも何事もなかったように装甲車に戻る。

 それでお開きになった。

 真人が偵察に出るため、扉の向こうにするりと潜り込んだ。

 ハーミットはシェリオに大きく頭を下げてから、ゲート脇の開閉装置前に移動する。

 シェリオと鈴音が扉脇にそれぞれ陣取ると、真人に支持されていた扉が徐々に開いてゆく。

 安全を確認したシェリオが装甲車に片手を振った。ライトをパッシングしたセブランがアクセルを踏むと、装甲車が巨大通路を静かにばく進してゆく。

 しばらく進んだところでセブランと瀬良、クリシーが目配せした。


「――さっきのをどう見ます?」


 運転席からセブランの抑えた声がかかる。

 後部キャビンへの入口はシャッターで閉じられているから、おそらく聞こえるようなことはない。リンクコムのチャンネルも沈黙したまま。運転はオートクルーズモードに切り替えたのですぐ何かする必要はない。

 助手席の瀬良がうーんと首を捻った。


「全員に微妙な温度差というか、距離感があったな。

 アイビストライフも色々あるようだ。

 ただ当事者の真人は気付いてないな、ありゃ」


「なんてーか……末娘を巡った姉と母親との対立てーかね。

 ――なあ、あんたはアイビストライフや嬢ちゃんをどう思うんだい?」


 クリシーが後部キャビンへのシールドを無造作に開き、デュミナスにド直球の質問をブン投げた。

 彼女にも聞かせない内緒話のつもりだった瀬良とセブランの呼吸が止まる。

 だがクリシーは気にした風もない。


「二人とも気にし過ぎだっての。

 さっき嬢ちゃんがこの人に思い切り甘えてたぞ?

 何の心配もしてなかった」


「いやー、そうは言っても……」


 いきなり話しかけられたデュミナスも少し驚いたような表情を作っていた。

 アイビストライフなら絶対避ける話題だという理解はあるらしい。

 その表情が徐々に人間臭くなってゆく。質問の内容はともかく、クリシーの評価が気に入ったらしい。


「私はここで産まれ、ここで育ちました。

 アイビストライフも真人もそうではありませんが……ある期間、残ることを考えている者たちもおります。

 特に真人は。

 残るものがいるのでしたら、支援の仕方も変わる――そう考えております。

 私はそのような決断をした人たちと対話を重ねる必要がある」


 答えたデュミナスは少し嬉しそうだった。

 確かに微妙な問題ではあるが、案外自分の考えを他人に話したいという秘めた願いでもあったのかも知れない。

 会話を続けても大丈夫そうだと感じた瀬良が安心して振り返る。


「ああ、あなたは宇宙人ですものね。

 地球人との間に色々事情があることは理解しています。

 それにしても……会話がお上手ですね。

 どうやって学ばれたのですか?」


 キャビンにある小さなベンチに行儀よく座るデュミナスは、瞳や髪の色が珍しい以外は地球人と外見的な違いはなさそうに見える。

 会話の内容もそうだが、表情の付け方もごくごく自然だ。雰囲気が真人に似ている以外は特に変わりはない。


「蓄積されたデータに経験と推測、学習、それに真人との知性統合のおかげです。

 自然発生した知性に興味ありましたので、貴方の評価を嬉しく思います」


「いやあ……

 しかし、宇宙人と話すなんて良い経験をさせて貰っているよ。

 ――宇宙人だよ、宇宙人!」


「普通に話せるってことは俺たちと同じなんじゃねーの?

 どう喜べばいいんだ」


 瀬良が一瞬目をぱちくりさせた後、確かに!という顔をする。

 デュミナスもクスクスと笑い出した。


「面白い意見です」


「あの……デュミナスさん。

 出来過ぎた願いかも知れませんが、カナンリンクについて教えてもらって良いですか。

 例えば作った人たちはどんな姿をしているのか、どこで生まれ、どんな歴史を経てきたのか……どんなドラマを生み出してきたのか!

 地球人の歴史だって面白いんだ、宇宙人だって面白いと思うんですよ」


「カナンリンクを作ったのはアーソア人、

 本星にある恒星の名でもあります。

 生物としてはあなた方と同じ炭素系カテゴリーになるかと思います。

 種族的な大目的は文明の拡大と発展、播種。

 ドラマは……申し訳ありません、量が多すぎて」


「ああ、そうですよね。

 我々よりずっと歴史があるのだから、そりゃ当然だ! 

 だったら、まず――」

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