第41話 アイビストライフ

 キュリオスが九輪から出ると、不定形の身体の一部を延ばして真人に取り付いた。

 だが真人の開口部が見つからない。

 諦めたキュリオスが、そのまま真人の身体をひっくり返す。

 服がズリあがって白い背中とパンツの端が見えている。

 キュリオスはしばらく考え込むように停止した後、見えている腰や首に触手を伸ばした。身体が血管のように細かい網状に細く広がる。真人の肌を脈動する黒いパワーキャスターが侵食していく。

 真人はキュリオスにされるがままだ。キュリオスの黒いパワーキャスターに、赤や青い輝きが混じっていく。

 九輪は無表情のまま真人を見つめていたが、やがて正気に返った。

 ひょいと顔を上げると、小さく頷く。


「――なあ、この後はどうなるんだ?」


『目覚めれば、今まで通りだ』


 九輪が微妙な顔をした。

 空は依然として灰色のままだ。明るくも暗くもなく、そして空と言うにはとても低い。

 見上げていると息が詰まりそうだ。


「今まで通り……そりゃいいな。

 真人はそれでいいとして、ここのセカイの住人はどうなる?」


『準備が整うまで我々は一度引く。

 当面は干渉しない』


 勿論それは管理を停止したままという意味だろう。

 その結果として何が起こるかは明らかだった。

 キュリオスはデュミナスとアイビストライフの邂逅を再現しようとしている。


「へえ……じゃあ、にも干渉しないってことでいいんだな?」


 そう九輪が呟いた瞬間、上空を何かがフライパスしていった。

 かなり複雑な形態――頭部一つ、胴体一つ、それに一対の脚部と腕部――つまり人型をしている。

 だが九輪には見覚えがない。

 そのシルエットは工業製品というにはゴテゴテしすぎ、ずっとハンドメイド感を感じる。

 キュリオスも上空の機械に気付いたらしく、身体の一部を持ち上げた。


『――ふむ?

 この代用ボディではセンサーが貧弱すぎて詳細が分からないが……

 宇宙服型のパーソナル宇宙船……か?

 側面部の板は防御システムで、あの細長い装備は……もしかして武装か!?』


「それっぽいな。

 一人乗りの小型高速機動機で、手足があるってことは……格闘戦も想定してるのかね?

 アニメみてーだな」


 九輪が皮肉そうに口を歪める。

 さらに二機が上空を通り過ぎていった。最初の一機が背中と太ももの部分に装備されたスラスターを吹して大きく旋回すると、こちらに戻ってきた。

 まるで何かを見つけたように。


『――あんな機体、記録にない。

 いつの、どの守護システムが、何の目的で作ったのだ?』


「おいおい、そのくらい思いつけよ。

 あれが想定してるのは、オレたちやお前との戦闘だろうよ。

 目的は……まずは、真人の保護だろうな。

 まずは、だが。

 作ったのは当然――」


 戻ってきた一機が九輪たちに機首を向けると、そのままビームスラストの青い粒子を曳きながら突っ込んできた。

 一気に高度を下げる。

 機体横には素っ気なく『AVISTRIPH』の文字が画かれていた。他には所属を示すようなマーキングはない。


「ああ、やっぱりアイビストライフだ!

 あのときのことは良く憶えてないが……無事に逃げた連中がいたらしいな。

 さて、どう対処するんだ?」


 九輪が嬉しそうに口元を歪めた。

 そうしている内にも残り二機が最初に突っ込んできた機の後ろに付く。

 三機は逆V字型に編隊を組むと、装備していた銃を放った。

 九輪の周辺に結構痛そうな銃弾が突き刺さる。

 キュリオスが慌てて真人から離れると、九輪の身体に戻った。

 その際に九輪がまた悲鳴を上げるが、キュリオスは構う気はないようだ。

 歯を食いしばって痛みに耐えた九輪は真人を掴んで隠れようとするが、腕は壊れたままなので諦めた。

 仕方がなく真人を置いて横っ跳びに火線を避け、物陰に隠れる。

 そこでパワーキャスターを展開する。


「なあ、この腕はすぐ治せないのか?」


『想定外だ、あってはならない』


「なんだ、やけに動揺してるな。

 だが今更遅いぜ。

 で、どうする、逃げるか――って、これも遅いか」


 着地した三機は九輪を警戒しつつ、真人を保護する。

 真人を取り替えそうと飛び出した九輪に、銃から放たれた弾丸が何発も突き刺さる。

 だが、耐えられないほどではない。

 九輪は無事な足のフィールド衝角でオレンジの機体に蹴りを入れようとするが、軸にした足から小さな火花が上がって充分威力を乗せられない。

 フィールド衝角は、オレンジの機体の腕部に装着された盾のようなもので弾かれた。

 弾いた瞬間、その表面に一瞬だけ光の紋様が表れる。

 どうやら盾部分にのみ、簡易型のパワーキャスターが装備されているらしい。

 オレンジの機体はそのまま槍状の武器で九輪に一撃を打ち込む。

 九輪が壊れた腕で槍を受けた瞬間、槍の穂先が柄ごと延びて突き刺さった。

 空のカートリッジが輩出され、穂先から青白いエナジーフラックスが爆発するように放射される。

 衝撃で九輪の身体が弾かれる。パワーキャスターがダメージを無力化してくれたが、かなり重い一撃だった。


「長柄のパイルバンカーか?

 穂先はフィールド装備の一種か。へえ……なかなか」


 出力はソートナインドライバーを持つ九輪たちよりずっと低そうだが、雑魚と呼べるほどに弱いわけではないようだ。

 まして相手は三機もいる。


「真人さん!」


 真人を助け出した白い機体が、胴体前面を覆うハッチをパタパタと開いた。

 表れたのは、身体にぴっちりした白いパイロットスーツを来た金髪碧眼の少女――ハーミットだった。

 だが真人は人形のように目を見開いたまま、問いかけにも反応しない。

 ハーミットの顔色がさっと蒼くなる。

 彼女は真人をそっと抱き上げると、真人の身体に自分の機体から伸ばしたコネクターを手際よく装着していく。


「診断システム起動します」


「援護するよ!」


 三機目の黒い機体がハーミットと真人を守るように武器を構える。オレンジの機体も銃を構え直した。

 攻撃を避けるため、九輪が物陰に隠れた。


「あれがハーミットだとすると、どっちかはシェリオかい?」


「こっちだよ」


 問いかけに黒い方の機体が手を振る。

 そっと顔を出した九輪の鼻先を銃弾が掠めたので、嬉しそうに笑いながら首を引っ込めた。

 安堵でにじむ涙を乱暴に拭う。


「なら、そっちは……」


「妹がお世話になっています」


 オレンジの機機体から声がした。

 落ち着いて上品そうな声だ。


「ああ、そういえばシェリオには家族がいるって言ってたな。

 名前は……アルトさんだっけ?」


「ええ」


「診断終了――だっ、ダメージ甚大です!

 シェリオ、アルトさん、応急処置を施しますから完了まで時間を稼いで下さい!」


 ハーミットの叫びが会話を中断させる。

 真人が受けたダメージはかなり大きかったようだ。


「了解!」


「うん、真人くんを頼むよ」


 二機が了解のサインを出すと同時に、ふわりと空中に浮かび上がった。

 九輪は隣のビルまで飛び移って一気に距離を取る。

 それを追うように、二機から砲火が叩き込まれた。

 大半は普通の砲弾のようだが、まれに着弾と同時に発光して妙なエナジーフラックスを放射する弾が混じっている。


「何発かに一発、変な弾が混じってるな。

 おーおー、おっかないね」


 気軽に言っているのは、アクセラレーターを使えば避けること自体は容易いからだ。

 だが、両腕と片足は使い物にならない。

 ――もっとも無傷であっても反撃できたかは分からないが。


『想定外だ。あってはならない』


 真人が修復に入ったことを感知したキュリオスが九輪のパワーキャスターごしに喋る。

 その口調は、ほんのわずか動揺しているように聞こえる。

 感情でも混じっているのだろうか。


「オレにも想定外だったよ。

 こんなことって本当にあるんだな……ははっ、流石は主人公だ。

 それで、どうするんだ?

 オレの意見を言わせてもらうなら、一度戻って体勢を立て直そうぜ。

 悪役なら再戦のチャンスは幾らでもあるさ」


『サブシステムの意見受理。

 ――異見。

 シヴィライズド実験を最優先。

 だが、一部の地球種は実験の遂行を困難にすると推定、排除すべき』


「まあ……あんたなら、そう言うだろうな。

 だが排除するにしても、どうやって。

 オレは腕と片足が使えないし、他の連中を呼ぶには時間がかかる。その間に逃げられると思うぞ」


『――ふむ?

 代替案として、私自身による直接介入を行う。

 それと併せて実験計画を早めることにより、こちらの望む環境を出現させる』


「計画を早めるって……おい、ちょっと待て!」

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