第40話 偽悪者

 ふうと真人が一息ついた。

 どれほどダメージを与えられたかは分からないが、少なくとも動きを封じる効果ぐらいはあるだろう。

 真人は安心すると、加速を切って飛び降りた。

 途端に身体が重くなる。

 自分が消耗していることがハッキリと分かった。


「九輪さんの身体からあいつを取り除きたいけど……今の僕では無理か。

 でも何かある筈だ。

 いっそ、カナンリンクを旅してみようかな。

 逃げ回りながらになるだろうけど、それでも――」


 真人は着地寸前でディスアクセラレーターを起動して慣性を打ち消し、羽根のように屋上に着地する。

 ――着地しようとした。

 その瞬間、青いビームスラストが真人を青白く染める。

 真人の周囲にあった氷塊や瓦礫が細かく砕け、さらに水へ、水蒸気へと変わっていく。

 辺りに強いオゾン臭が立ちこめた。

 それは物体を粉砕して塵に返す破壊フィールドだった。

 九輪を覆っていた氷が細かく砕けていく。

 内部では沸騰が始まっていた。

 両手両足にある全てのフィールド衝角がオーバーロードされ、九輪自身ごと真人を捕らえていた。


「あ……っ」


 真人の全身が細かく、凄まじい速度で振動する。

 反加速による打ち消しも追いつかない。

 真人が加速して逃げようとするより、破壊フィールドが臨界を迎える方が早かった。

 氷塊を砕いて突き出された右拳が真人を捕らえる。

 パキン……と小さく何かが砕ける衝撃とともに真人が人形のように崩れ落ちた。

 真人のパワーキャスターが物凄い早さで消え、その肌から光の紋様が完全に消える。


「ぁっ……くっ、かはっ……」


 それでも、辛うじて真人には意識があった。

 身体を起こそうと小さな四肢に必死に力を込めながら、小さくうめく。


「はぁぁっ!」


 真人の前で、気合いが一閃する。

 九輪だ。

 残っていた氷を力づくで砕いて飛び出すと、そのまま真人へ突進する。

 その右半身には亀裂が走っている。特に右腕には限界を越えた出力でフィールド衝角をオーバーロードした結果、砕けかけるほどのダメージを受けていた。

 その九輪の身体が強く激しく輝く。

 再度のオーバーロード!


 パワーキャスターと両手両足のフィールド衝角が限界を越えた出力を放ち、九輪の身体が砲弾へと変わる。それは九輪の持てる力すべてを振り絞った全力だった。一歩踏み出すごとに屋上の床が粉砕され、衝撃が周囲の空気すらも歪ませる。

 真人が倒れ伏したまま、九輪の一撃を避けようとアクセラレーターを起動させようとする――が、起動しない!

 真人のシステムは完全に限界を迎えていた。

 サロゲート体はダメージ修復に集中しており、アクセラレーターの起動臨界までエネルギーを割く余裕がない。それでも緊急システムを起動させようとする真人へ、九輪の一撃が叩き込まれる。


 命中する寸前に真人のソートナインドライバーが緊急時のパワーを開放し、辛うじてパワーキャスターを展開させる。

 だがダメージを無効化するにはほど遠い。

 あらゆる衝撃、すべての打撃エネルギーが真人の体内でエコーした。

 体重が軽いせいか、衝撃が余りに強すぎたのか、真人は人形のように手足をデタラメにねじ曲げながら、弾き飛ばされもせずその場に崩れ落ちる。

 変な方向に投げ出された四肢は、ピクリとも動かない。


「はあ……はあ……

 やれやれ、両腕と片足がアウトか」


 何とか息を整えた九輪が、半ば砕けて使い物にならなくなった両手をブラブラと振る。

 余りの痛みに頭の芯がジーンと痺れてくる。

 ありったけ、全力を出した。もうこれ以上は戦えない――


 だが、それは真人も同じだろう。

 少年と少女の美点を兼ね備える無垢の体躯は倒れ伏したまま、動き出す気配もない。

 パワーキャスターも消えたままだ。

 おそらく緊急用のものすら使い切ったのだろう。


「――真人、情けなんか持たないでくれよ。

 本気で頼むぜ。

 本気で中の奴と戦って……ハッピーエンドを作り出してれ。

 それを託せるのは真人だけだ」


 九輪が真人の脇へ再度の蹴りを叩き込む。

 その威力が余りに高かったせいで、蹴りと同じ速度で真人の身体が空中に浮いた。


「ぐっ……!」


 真人の口から嗚咽が漏れる。

 歯を食いしばったところを見ると、今ので意識が戻ったのかも知れない。

 真人の瞳だけが辛うじて動き、九輪と目が合った。

 ――ただし、ほんの少しだけ。

 真人の瞳から急速に意志の光が消えていく。

 急に、九輪の中から声が響いてきた。


『これ以上の打撃は必要ない、確保してくれればいい』


 キュリオスだった。

 少し慌ててる感じがするのは、真人のダメージが想定より遙かに大きいものだったからだろうか。


「どうやって?

 頭だけにすればいいのかい」


 九輪が真人の首に足を乗せた。

 体重を加えると、真人の身体がミシミシと軋んでいく。

 その仕草に感情は見えない。


『――ふむ?

 真人を破壊する必要はない。ここはルールを見直す必要がある。

 そうだな……ただ触っているだけでいい。君のエフェクター経由でデュミナスの守護に干渉する』


「すまんね、いま使えるのは足だけだ。

 キスなんて手もあるが……今日は遠慮する」


『踏みつけたままでいい。

 破壊の必要はないが、どうしてもの時は足を狙えばいい。

 真人の頭部、およびボディは代替がきかない』


「へいへい」


 そう答えると同時に九輪の背中から肩口にかけてが開き、不定形の塊――キュリオスが姿を現した。

 九輪の顔が一気に歪む。


「いっ……いてぇ! ちょ、怪我より痛いぞ」


 凄まじい苦痛と激痛が襲いかかってきた。

 たまらず後ろへ倒れ、尻餅をついた。


『またか。

 デュミナスはなぜ開口部を開ける感覚を、このように強固に設定する必要があると判断したのか……

 ――まあ、いい。

 デュミナスの守護にアクセスする』

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