第30話 硝子と鉄のレヴュー

 パサージュはガラス製の天井がある高級アーケード商店街で、百貨店の前身とも言われる。

 建物や街灯、道に至るまでアールデコ様式の装飾で統一されたアーケードは、それ自体がちょっとした芸術品のようだ。両側に並ぶお店も上品な物ばかりで、この通り自体が観光地のようになっている。


「感じのいい場所だなぁ……母さんや妹が喜びそうだ」


「真人、こっちだ!」


 路上駐車した車から飛び出てきた瀬良が真人の手を取り、パサージュの端にあった品の良い店に飛び込む。

 カラン、と上品なドアベルの音が店内に響き渡った。

 店は喫茶店か何からしい。

 吹き抜けの二階構造をしており、一階はテーブル席とカウンター、奥の棚にお茶の葉っぱらしき物が入った大きなガラス瓶の列が並んでいた。

 様々なハーブの香りが鼻梁をくすぐる。


「主人、下のドアを借りる!」


 瀬良がカウンターの端に紙幣を何枚か置くと、そのままズカズカとカウンターの奥へと入って行く。

 それを遮るように奥から人が出てきた。

 どうやら店の主人らしき人物が、紙幣と真人と瀬良を見て渋い顔をした。

 歳は瀬良と同年代くらいか。

 はげ上がった頭頂に立派な髭の恰幅のいい小柄な男性で、スラックスとベスト、白いジャケットには蝶ネクタイという格好をしている。

 男はテーブルに置かれた紙幣を無造作に瀬良に突っ返すと、真人に対して恭しく礼をして道を譲った。


「麗しゅう、小さなマドモアゼル。

 私めはセブランと申します。今度は紙魚臭い男抜きでお越しください。

 一級のお茶をご用意して、お待ちしております」


 そう言ってニヤッっと笑った。

 笑うと気むずかしさが消えて愛嬌ある顔になるが、それでも上品な印象は崩れない。


「おいおい……セブラン、遊ぶなよ。

 本当に厄介ごとなんだ」


 呆れる瀬良が渋い顔をする。どうやらお互いに知り合いらしい。

 真人はちょっと考えてから帽子を取って胸元に添え、片足を内側に引き、スカートの端をつまんで礼を返した。

 それは前に古い映画で見たポーズで、なんとなくそうすると相手が喜びそうな気がしたからだが、その選択は間違っていなかったようだ。

 真人に優雅な――本人には自覚がないが――挨拶された店の主人は、上品にため息を付いてみせた。

 賞賛もまた上品な男だった。


「髪と瞳の色が少々派手だが……凄いべっぴんさんだ。

 これは将来が楽しみだ。

 ――で、どうしたって?

 誘拐なら自首を勧めるが、差し入れは何がいいか教えてくれ」


「ああ、えーと……知り合いから預かったお子さんだ。

 それよりセヴラン、おまえもすぐ店を閉めて逃げろ。

 もしかしたら、ガキの頃にあった戦乱の再来になるかもしれん。

 町すべてが混乱に巻き込まれる!」


「穏やかじゃないね」


 セヴランと呼ばれた男は肩をすくめ、真人にウインクしてみせる。

 それで真人が名乗ってないことに気づいた。


「聖真人です……よろしく」


 戸惑いつつ、真人も笑顔で返した。

 もちろん社交辞令の範囲でだったが、セヴランがちょっと顔を赤らめる。


「いいな、気をつけろよ!」


 瀬良が真人を連れて扉に飛び込む。

 石造りの階段を抜け、倉庫らしき地下室を二つほど抜けると、奥にあった扉を抜けた。


          *


 地下には石造りの長いトンネルが続いていた。

 地上の景観とは打って変わり、のっぺりとした壁と天井は切り取られたように四角形をしている。


「え……と、これダンジョン?」


 真人が呆然とつぶやく。


「ダンジョンとは言い得て妙だが、ここもパサージュだよ。

 再開発の際に旧市街の上に蓋をして、その蓋の上に新市街を作ったんだ。

 天井はその蓋さ」


 説明しながら走りだした瀬良の後に真人が続く。

 どうやら瀬良には道が分かるらしく、足取りはしっかりしている。


「なんでそんな変な作りにしたんですか?」


「この街の中心部は中世から続く城壁都市だったんだよ。

 城塞は土台をちょっと盛り上げるんだ。

 だから城壁の外に広がってた町を下町なんて呼ぶんだが、上下があるから当然、段差があるわけだ。

 だから再開発するときに城壁を取っ払い、下町は底上げして、城壁の内側に高さを併せたわけさ」


「何でそんなヘンテコなことを……」


「車……というか、最初は馬車対策だな。

 馬は坂道苦手だからね。

 それより急ごう!

 奥には劇場やホテルがあって、そこには地上へ続く道がいくつもある。

 飛んでる連中の目をくらますにはちょうどいい」


「――とは、いかないみたいですね」


 振り返ると、どこかの扉がパタンと空いて小柄なシルエットが通路に顔を出した。

 プロテクターに顔をすっぽり覆うヘルメット――トゥイーだ。

 彼女もすぐに真人たちを見つけたらしい。

 そのまま通路の真ん中にちょこんと座り込むと、そのシルエットが一瞬で四つ足獣のそれに変わった。

 犬がニヤっと笑う。


『にひっ』


「トゥイーちゃんか。お見通しってわけか」


「人……いや、機械の犬か。

 真人、逃げるぞ!」


「ですね。急ぎます――ごめんなさい」


「お、おい!」


 真人は瀬良を持ち上げてお姫様抱っこすると、そのまま一気に駆け出した。

 同時にトゥイーも地面を蹴る。

 だが瀬良という負荷があってもなお、真人のほうが早い!


『あーっ、スピードで敵わないとわたし不利だよ!

 最初からそっちが強いってチートだ、チート!』


「ゲームじゃないって言ってるのに!」


「はっ、ははっ、ははは! 凄いな、真人!

 ああっと、真っすぐ行って突き当たりのT字路を右、最初の角を左、後はそのまま真っすぐいって、突き当たった扉がホテルの地下駐車場だ!」


「はいっ……!」


 真人は瀬良に負担がかからないように慎重に加速・反加速を使い分けつつ、正面の突き当たりに突っ込んだ。

 そのまま正面の壁に激突する!

 ――そう思った瞬間、真人は床と壁を器用に蹴ると、壁を斜めに駆け上がった。

 勢いを利用してそのまま天井へ!

 そして天井を通り過ぎて反対の壁を蹴り、また床に戻る。

 飛行機のバレルロールよろしく前進のエネルギーを上手く回転に変えて反らし、遠心力は反加速で打ち消す。

 床に戻ると、さらに加速してT字路を曲がり切った。

 真人だけなら減速なしで角を鋭角に曲がることもできたが、それだと瀬良に負担がかかる可能性があったので苦肉の策だ。

 抱える瀬良自身に反加速を掛ければ済むような気はするが、試す時間はない。


『たっ、たた……』


 ワンテンポ遅れて角に突っ込んできたトゥイーが、奇声を上げて四つ足で急ブレーキをかける。

 だが止まり切れずに壁に叩きつけられた。


『いたーっ!』

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