第25話 レベル1

 真人は、悪夢のような不快さで目が覚めた。

 目覚めの気分は最悪だった。

 なんとか首をもたげ、上体を起こす。枕代わりにあてがわれていたゴワゴワした布状の塊が草の上に転がった。

 真人は地面の上に直接寝かされていたようだ。

 場所は、造成中の空き地だろうか?

 他にあるものと言えば妙に古めかしい木の小屋と、同じく鼻面が飛び出した変なカタチの小さなトラックと――


 そこで真人が飛び起きた。

 目にした物――墜落して目茶苦茶になったらしい高速艇の残骸と、その脇にもたれ掛かるように倒れたパイロットに駆け寄る。

 機体の後ろにある木々が、何本もなぎ倒されていた。


「だっ、大丈夫ですか……?」


 そっと声をかける。

 だが赤黒い染みに汚れたパイロットはぴくりとも動かない。見開かれた目は、どこでもない場所に向けられたままだ。

 どこでもない――この世ではない、どこか。


「気絶してるだけ……ですよね?」


 祖父も祖母も全員生きている真人は、死んだ人間を間近に見たことはない。

 人の形を保ってるこれが死体だと信じられなかった。

 だが、その身体をゆすろうと近づいて、やっとその身体と地面が流れた血で染まっていることに気付いた。


「あ、ああ……」


 血に驚いて真人が腰を引くと同時にパイロットの死体の脇からバサっと音を立ててバインダーが落ちた。

 そこに書かれた文字を目にとめた真人が、恐る恐る死体に近づく。

 そのままバインダーを持ち上げ、中をパラパラとめくってみる。


「安全処置マニュアル……

 えーと、カナンリンクにある他の世界へ侵入する際の……」


 緊急時のマニュアルらしい。

 真人は、ざーっと読んで中身を記憶する。

 妙に物覚えがいいのは緊急事態で緊張しているせいなのか、それともサロゲート体の機能なのか。


「この飛行機、自分で壊れるんだ……

 ここに住むセカイの人に知られたら、知った人が処分されるかも知れないから」


 よく見れば、機体の胴体部分は辛うじて形を保っている。

 電源も生きているようだ。

 パイロットが怪我を押して必死に操縦してくれたんだろう。そして自分を引き上げてくれて、力尽きる前に自分も機体のそばに……

 真人が呆然としていると、高速機の残骸から小さなアラーム音が鳴り響いた。

 自壊システムが働き出したらしい。

 真人はちょっとだけ考えた末、パイロットに手を合わせると、さっき自分が寝かされていた場所に戻る。

 枕代わりにしていたのは丸められたジャケットだった。多分パイロット――確か本郷さんという人だ――が置いてくれたのだろう。

 さらに、その脇には何か機械の残骸のようなモノが……


「……」


 真人が小さなため息を付く。

 そこにあったのはデュミナスの亡骸の一部だった。

 その横には、血の付いた小さな花が一輪。

 真人はしばらくデュミナスの亡骸を見つめた末、その中から小さくて奇麗な宝石のような物だけを取り出して大切にポケットにしまう。

 残りはパイロットの横においた。


「ここまで有り難うございました、本郷さん。

 さようなら……」


 パイロットに感謝と別れの言葉をつぶやくと、真人はそっとその場を離れた。

 そのまま夜道を歩き始める。

 この先に何があるかは分からない。だけど何もしないわけにはいかない。

 ――自分は全てを失った。

 だが、この下にもまだ底がある。

 真人は綾香たちを思い出した。そしてアイビストライフの人たちも……

 立ち止まってしまえば、ここから更に下に落ちるだろう。

 ふと、さっきの綾香の言葉を思い出した。


「ゲームか……

 なら、今の僕はレベル1かな。ラスボスまでは遠そうだなぁ」


 そもそもレベルアップできるんだろうか……そんな風に考えた瞬間、背中側で何かが弾ける音がした。

 暗いままだが、何かが燃える音もかすかに聞こえる。

 機体の自壊装置が働いているのだろう。

 後ろから熱気を伴った湿った空気が流れてくる。


「――アイビストライフの人を探そう。

 このセカイにいないなら、別のセカイに移動してでも探してみせる。

 絶対に……!」


 真人はフラフラと頼りなく歩き始めた。

 舗装されていない小さな道の先には、まだ何も見えなかった。

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